2015/03/10

母親への「処方箋」に 被ばくから子ども守りたい

2015.03.07 神奈川新聞
http://www.kanaloco.jp/article/85121/cms_id/129842

◇7日から上映のドキュメンタリー 「小さき声のカノン」鎌仲ひとみ監督

 東京電力福島第1原発の事故後、被ばくから子どもを守ろうと動きだした母親たちを追ったドキュメンタリー映画「小さき声のカノン」の上映が7日、全国でスタートする。震災直後からカメラを回した鎌仲ひとみ監督が見詰めたのは「迷い、揺れ動き、それでも自らの意志で動き始めたお母さんたちの姿」。それは、監督自身の歩みにも重なっていた。

 はじめはみんな“泣き虫”な普通のお母さんだった-。

 映画の予告編。目に涙をためた母親の不安げな表情が映し出される。福島にとどまると決めたものの、正しい選択だったのかと思い悩む日々。原発事故で拡散した放射性物質の人体への影響をめぐって「一方は危険と言い、もう一方は安全と言う。何がベストの選択か分からない中、懸命に生きているお母さんの姿があった」。

 カメラを回すこと約400時間。レンズの向こうに「人間の営みそのもの」を見据えてきた。「原発事故は人間の生き方を問うている。幸せとは、豊かさとは何か、と」

 今回の作品を「処方箋」に例える。「私たちはいまの事態にどう対処すべきか。子どもたちを被ばくから守るためには、どうしたらいいのか。考える材料にしてほしいと思った」

 作中、1986年のチェルノブイリ原発事故に遭ったベラルーシの母親の姿も映し出されている。「人間は『人がどう生きるか』を見ることで一番学べると思うから」。ベラルーシでは事故から29年たったいまも、毎年5万人の子どもを保養のために海外へ送り出している。

 「日本は被ばくに関しては初心者。ベラルーシのお母さんたちが実際にどう行動してきたのか。具体的な活動を見ることで『私だったらこれができる』『私はこれを試したい』と思えるはず」

 制作する上でこだわったのは「考える材料を提供する」ということだった。「『私はこう思うけれど、あなたは自由に考えていいのよ』と伝えたかった。生き方は自分で決めたいものだし、それが大事だから」

 原発をテーマにした映画を撮ってきたことから「反原発」の肩書を付けられることも多いが、反対、推進の立場を超えて全体をみて考えてほしいと思っている。

 「もっと情報公開されるべきだし、私たち自身が加担しているという当事者意識が必要なのではないか」

▼ 理不尽 ▲

 1998年11月。鎌仲監督はイラクにいた。NHKの番組制作に携わる中で、湾岸戦争後のイラクで小児白血病が異常に多いという話を聞き、真相や背景を探るため現地に飛んだ。

 目にしたのは、なすすべなく子どもたちが死んでいく現実だった。経済制裁によりイラクへの抗がん剤の輸出は禁止され、医療品も不足していた。

 仲良しになった14歳の少女がいた。やはり白血病だった。「感染症にかかると鼻血を出し始め、喉がパンパンに腫れた。抗生物質がなく、手の施しようがなかった」。息絶える瞬間を目にして、激しい感情が湧き起こった。「なんで、こんなふうに子どもたちを死なせなきゃいけないのか」

 白血病の原因は、湾岸戦争で米軍が大量に使用した劣化ウラン弾にあるようだった。

 それは「原子力産業のゴミ」から作り出されていた。原発で使う核燃料の製造過程では大量の劣化ウランが発生する。それが兵器に転用されていた。イラクの子どもたちはその破片に含まれる放射性物質で内部被ばくを起こし、白血病や先天性異常を発症していたとみられた。

 日本では1950年代以降、原発政策が推し進められ、安全性が強調されてきた。危険性や健康被害は知らされず、ましてや原子力産業で兵器が製造されていることをどれだけの人が認識していただろうか。「こうして子どもたちをいっぱい殺してきた。日本がいくら『エネルギーをこんなに消費できる豊かな社会だ』と言っても、その延長線上に子どもたちの死がつながっているのなら、エネルギー政策を変えた方がいいと思った」

▼ 選択肢 ▲

 その後、核をめぐる問題を追い続けた。ドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」(2010年)では、原発を脱し、自然エネルギーを基にした社会の姿を提案した。

 「原発に代わるエネルギーはないと多くの人が思っている中で他にも選択肢があることを示したかった。原発の賛成、反対を乗り越え、持続可能な未来のエネルギーを考えていく方向に進めばいいと考えた」

 その直後、東日本大震災が起きた。事態を知れば知るほど、ただ事ではないと思った。

 「子どもたちを被ばくさせたくない、原発産業のゴミを生み出す暮らしを変えたいと思いやってきたのに、子どもたちが瞬く間に被ばくしてしまった」

 イラクで犠牲になった子どもたちの姿がよみがえった。「今度こそ、子どもを守りたい」。再びカメラを回し始めた。

 震災から間もなく4年。鎌仲監督は、深刻な現状が依然としてある一方、「変化も生まれている」と口にする。

 太陽光パネルを用いて家庭用の電気を自らつくり始めた父親、カフェに集まって勉強会をする母親。「もう誰かに任せていられない、待ってはいられないと自ら動き始めた人がいる。小さな選択肢は人知れず、しかし数多くつくられている」

 上映スタートを前に各地で市民手作りの勉強会やイベントが企画された。

 「一つずつを見れば、小さい集まりや小さい活動なのかもしれない。でも、震災後、芽はいっぱい吹いた。その芽は、古い葉っぱがかぶさっていて見えないかもしれない。でも、この芽は確実に育つ。なぜならそれが人間の持つ力だから」

 泣き虫だったお母さんたちが子どもたちを守るために自ら道を選択し、自分たちの足で歩み始めたことが、何よりの証明だった。



 7日から渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開、横浜シネマ・ジャック&ベティで5月公開予定。

 かまなか・ひとみ 早稲田大卒業後、カナダ国立映画制作所に渡り米国などで活動。テレビ番組の制作を経て映画監督。「ヒバクシャ 世界の終わりに」(2003年)、「六ヶ所村ラプソディー」(06年)、「ミツバチの羽音と地球の回転」の3部作で被ばくと原発の問題を追う。富山県出身。56歳。

【神奈川新聞】



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