2016/03/09

放射線の影響、見極める 〈4〉被曝

2016年3月9日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/DA3S12247820.html 

東京電力福島第一原発事故では、飛散した放射性物質により多くの人が被曝(ひばく)を余儀なくされた。チェルノブイリ原発事故に比べて住民の被曝量は大幅に少ないものの、健康への影響を見極めるため、内部被曝や甲状腺がんの検査が続けられている。一方、原発敷地内では汚染水対策や40年とも言われる廃炉に向けた作業で、被曝する作業員の数がこれからも増え続ける。

■小中学生、毎年セシウム検査 福島・三春町の1500人
被曝には、体の外から放射線を浴びる「外部被曝」と、放射性物質を呼吸や食事と一緒に取り込んで起きる「内部被曝」がある。

原発事故で降り注いだセシウムによる内部被曝は起きていないのか。福島県では現在も各地で、ホールボディーカウンター(WBC)と呼ばれる装置を使った検査が続けられている。

福島県三春町にある計八つの小中学校。夏から秋にかけて、児童や生徒らを乗せたバスが、ひらた中央病院(平田村)へと向かう。

町では、原発事故後、子どもの内部被曝をどう調べるかを検討した結果、町内の小・中学生全員を対象に検査の実施を決めた。事故が起きた2011年から毎年、1500人近くが継続して検査を受けている。強制ではなく、希望者を募って進めてきたという。

WBCでは、体の前に検出器を置いて体内からの放射線をとらえる。最終的に放射性セシウムがどれだけ体内にあるのか、放射性物質の量を表す単位ベクレルで評価する。東京大の早野龍五教授(原子核物理学)らの分析では、セシウム137は全身で300ベクレルが検出限界で、それより少ないと「検出されず」としている。

12~15年度に検出された児童・生徒はいなかった。事故が起きた11年の秋の検査では1494人中54人から検出されたものの、内部被曝ではなく、服に付いた泥などに含まれていたセシウムを検出した可能性があるという。翌年度からは検査着に着替えて検査してきた。町の担当者は取り組みについて「確認のために継続している状況」と説明する。

同病院ではほかに、希望する住民らを対象に検査を実施。1月末現在、大人を含めて福島県内外の4万9774人が受けた。

早野教授によると、12年夏に全身で数千ベクレルを超える住民が4人いた。市場に流通している農作物は検査され、基準を超えたものが出回ることはない。聞き取りをすると、天然のキノコやイノシシ、川魚を検査せず食べていたといい、これが原因と考えられるという。秋に再検査すると値は半分以下になっていた。

今のところ、検出がある住民はほぼいない状況。早野教授は「多くの住民を調べた結果を見ると、心配しなくていいということが言えると思う」と話す。

さらに同病院を含め県内3カ所には、新生児から小学校低学年の児童が検査を受けられるWBC装置もある。15年3月までに検査を受けた2707人では、検出された子どもはいないという。
(木村俊介)

■甲状腺がん、地域差見られず 福島県、38万人を検査
福島県では、事故当時18歳以下だった約38万人を対象に2011年秋から甲状腺検査が続けられている。

事故から4~5年後に甲状腺がんが急増したチェルノブイリ原発事故の経験や、一般的な甲状腺がんの成長速度などから、被曝からがんが見つかるまでには数年の潜伏期間があるという想定のもと、13年度末までの1巡目検査(先行検査)では「事故前にできたがん」を見つけていると県はみる。14年度からの2巡目以降の検査(本格検査)で見つかるがんの発生率と比べて、被曝の影響を判断する方針だ。

1巡目検査でがんの疑いがあるとされたのは昨年末現在で116人。101人が手術を受け、1人が良性腫瘍(しゅよう)、100人ががんと診断された。県は「原発に近い地域で多発しているわけではなく、地域ごとの発生率はほぼ同等」と分析している。

2巡目検査でがんの疑いがあるとされたのは51人。16人が手術を受け、がんと診断された。2巡目検査は今年度末まで続く。被曝の影響を指摘する専門家もいるが、県の検討委員会は「現時点では被曝の影響は考えにくい」とする。

チェルノブイリでは、本来、甲状腺がんがほとんどできないはずの5歳以下の乳幼児に多発した。

一方、福島県でこれまでにがんと診断された計116人(1巡目検査の100人と2巡目検査の16人)に事故当時5歳以下の乳幼児はいない。人数は年齢が上がるにつれ多くなる。一般的に甲状腺がんの発生率は年齢とともに増えるとされ、状況と合致する。18歳で減っているのは、進学や就職で福島を離れ、受診者数が減った可能性がある。

ただ、甲状腺の被曝量がわかっている福島県民はほとんどいない。今の検査を続けても被曝の影響を判断するのは難しいとみる専門家もいる。

検査を担う県立医科大は「事故後4カ月間の外部被曝線量推計で(甲状腺も含めた)全被曝線量を代表させる」とする。だが、大半が放射性ヨウ素による内部被曝の甲状腺被曝と、主にセシウムによる外部被曝とは必ずしも相関関係がない。そのため推定には限界がある。放射線医学総合研究所(千葉市)などによる甲状腺被曝の推計研究で、信頼性のある方法が開発されれば活用するという。

一方、受診率低下への懸念もある。先行検査の受診率は8割だったが、2巡目検査の14年度は7割に下がった。14年4月現在の年齢が18~21歳(事故当時は15~18歳)の対象者は受診率26%と、他の年齢層よりかなり低かった。

検討委のメンバー、稲葉俊哉・広島大学教授は「受診率が下がれば精度が下がって被曝の影響の有無がますます分からなくなり、不安はずっと解消されない恐れがある」と指摘する。稲葉さんは、現行の検査は続けた上で、長期間、確実に検査を受診してくれる県民を確保する方法を検討する必要があるとする。


■国連科学委「検査を続けて」
国連科学委員会は2014年4月、事故の影響について「県民全体ではがんの増加は確認できないだろう」とする報告書を発表した。昨年10月にその妥当性を検証した「白書」を公表し、今年2月に福島県内で説明会を開いた。

いわき市であった説明会には教師や医療関係者ら約百人が参加。事故当時、原発から約12キロ離れた浪江町の小学校長だった荒川秀則さん(58)は、子どもたちの避難経路と被曝量について質問した。

小学校周辺の住民は、放射性ヨウ素の濃度の高いプルーム(放射性雲)の流れと同じ方向に避難し、高濃度に汚染された地域に数日間とどまった。国連科学委員会は報告書で、放射線に対する感受性の高い1歳児が荒川さんらと同様の経路で避難したら甲状腺に約80ミリシーベルト被曝すると推計している。

甲状腺がんは甲状腺の被曝が100ミリ以上で明らかに増えることがわかっている。80ミリ被曝した1歳児では、理論的には発生が増加する可能性があるとしている。

荒川さんの質問に対してマルコム・クリック同委員会事務局長は「推計値には不確実性があり、実際にそれだけ被曝したとは限らないが、甲状腺検査は継続して受けて欲しい」と説明した。別の参加者からは「検査はいつまで続けるべきか」との質問も出た。報告書作成に関わったロシア・サンクトペテルブルク放射線衛生研究所のミハイル・バロノフ教授が「数十年は続けた方がいい」と答えた。(大岩ゆり)

■国連科学委員会の報告書・白書の概要
避難指示区域の成人の事故後1年間の全身への被曝は約1~9、1歳児は約2~13ミリシーベルト。甲状腺局所の被曝は成人が約7~35、1歳児が15~83ミリシーベルト(報告書)

ただし、放射性物質の大気中への放出や拡散について新しく出た論文により、避難者の線量推計結果が変わる可能性がある。さらなる解析が必要(白書)

県民全般のがんの発生率はこれまでと同じ水準を維持する(報告書)

先天性異常や遺伝的影響はみられない(報告書)

野生生物には一過性の影響がみられる(報告書)

■甲状腺の被曝、難しい推計
国際原子力事象評価尺度(INES)で最悪のレベル7の事故を起こした福島第一原発からは大量の放射性物質が放出され、東日本に拡散した。そのうち人体への影響を考えるうえで重要なのが放射性ヨウ素と放射性セシウムだ。東電の試算では2011年3月中の大気への放出量は、ヨウ素が約50京ベクレル、セシウムが約2京ベクレルという。

体内に取り込まれたヨウ素は甲状腺に集まりやすい性質があり、放射性ヨウ素による内部被曝は甲状腺がんの発生に関係するとされる。

放射性物質は放射線を出して別の物質に変わっていく。もとあった量の半分になる時間を半減期といい、放射性ヨウ素では約8日。事故直後から急激に減り、現在は「ない」と言っていいような状況だ。

そのため、放射性ヨウ素をどれだけ体内に取り込んだかを知るためには事故後すみやかに測定する必要がある。今から正確な推定をするのは難しい。

一方、放射性セシウムは半減期が2年のセシウム134と30年のセシウム137が放出された。事故から5年近くたち、セシウム134は4分の1以下に減ったが、セシウム137は多くが残っており、これからも内部や外部の被曝が起こりうる。

セシウムは通常、土壌に強くくっついているが、農作物が育つ際に吸収されることもあり、福島県では食物の検査も続いている。

■外部被曝は行動記録もとに

福島県による事故後4カ月間の外部被曝量の推計は、各人の行動記録をもとに行っている。今年2月、昨年末までに回答のあった約56万4千人分の結果が発表された。

原発作業員や記録に不備があった人などを除いた約46万人のうち、約28万5千人が1ミリシーベルト未満、2ミリ未満が約14万6千人だった。最高は25ミリ。県は「健康影響があるとは考えにくい」とする。

調査対象は、県民や事故当時、県内に滞在していた約205万人。問診票を送り、事故が起きた3月11日から7月11日まで、どこに、どれくらい滞在したのか、移動経路も含めて申告してもらう。屋内の場合、建物の種類で放射線の透過率が違うため、コンクリートなのか、木造なのかといったことも書いてもらう。

この行動記録を基に、2キロ四方ごとに放射線量の時系列の変化が分かる「線量率マップ」を使い、どれだけ外部被曝をしたか推計している。ただ、回答者の記憶に頼っているため、推計の正確さには限界がある。

■原発作業員の被曝、昨年末までに4.6万人 今後も増える見込み

福島第一原発で働いて被曝した作業員は事故発生から昨年末までに約4万6千人に達した。

国が定めた5年間の被曝限度100ミリシーベルトを超えた人は174人で、事故翌年の2012年3月末以降、増えていない。

174人のうち6人は310ミリ~678ミリを被曝した。東電によると事故発生から数日間、制御室などで運転操作や監視計器の復旧などに当たった。事故直後は高い線量に阻まれ十分に作業できなくなることがあったため、国が急きょ限度を250ミリに引き上げた経緯がある。この措置は11年12月に政権が出した「冷温停止」宣言まで続いた。

今も、100ミリ以下の被曝をする作業員は増えている。累積の被曝量は、14年末~15年末を見ると、新たに579人が50ミリ超100ミリ以下、約千人が20ミリ超50ミリ以下、約4千人が20ミリ以下となった。特に多いのは20ミリ以下で、12~15年のそれぞれの1年間を見ると、約4千人~約7600人増えている。



東電によると、同原発で働く作業員は、昨年の平均で1日当たり約6800人。各月の平均で約450人が働き始めている。東電は40年かかるとも言われる廃炉の工程を示す「中長期ロードマップ」で「継続的に現場作業を担う人材を確保・育成することが必要」としており、被曝する作業員は増え続ける見込みだ。

健康への影響ははっきりしていない。国連科学委員会は報告書の中で、日本人男性が生涯でがんになる割合を約40%として12年10月末時点で100ミリ以上被曝した173人の作業員のうち、自然にがんを発症するのは約70人と仮定。そのうえで「(自然に発症する)約70人に加え、2~3人のがんが過剰に発生する」という予測を出している。ただ、予測には不確かさがあり、がんになったとしても被曝の影響かの識別はできないとしている。

一方、厚生労働省は、被曝限度を引き上げていた期間に働いた作業員約2万人を対象に、被曝量による健康影響の調査を14年から始めている。(富田洸平)

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