2016/03/08

この国の政府は、原発避難者を「消滅」させようとしている フクシマ5年後の真実

2016年3月8日 現代ビジネス
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48107

何も悪いことをしていないのに…
「これで福島に帰らざるをえないけど、帰ったらきっと『これで納得した?』って聞かれる。全部自分のせいにされる。でも納得して帰る人なんて誰もいないと思う。今だって避難指示出してほしいくらい」

2017年3月末での住宅提供の打ち切りが発表された昨年夏、福島市からの母子避難を続ける倉本宏子さん(仮名、46)はそう訴えた。

取材は平日の午前中、倉本さんが避難する埼玉県内の街道沿いのハンバーガーショップ。夫を福島に残し、子どもを連れて「自主避難」する母親たちは多忙だ。一人で子どもの面倒を見ながら、パートを掛け持ちしている人も多い。取材のアポを入れるのも一苦労だ。

二重生活で支出は大幅に増えるにもかかわらず、自主避難ゆえに東京電力から支払われる賠償は乏しい。1世帯100~150万円程度だ。そこに「勝手に逃げた人たち」「もう大丈夫じゃないの」と、世間の無理解が追い打ちをかける。

何を言っても通じないと感じ、せめて子どもだけは守ろうと、周囲への警戒心を強め、孤立を深めていく。自らの窮状を広く訴えなければ変わらないと感じているが、自らをさらすことに躊躇せざるを得ない。

彼女たちは何も悪いことをしていない。

政府は事故直後の2011年4月、「緊急時だから」と言って、避難指示基準を年間20ミリシーベルトに設定した。本来の基準は年間1ミリシーベルトだ。11年12月の「収束宣言」で緊急時は去ったはずなのに、基準はそのまま据え置かれ、1ミリの方が「なかったこと」にされた。要は事故で上昇した線量をただ追認しただけだ。

だが20ミリ以下でも被ばくに変わりはない。それどころか倉本さんも住んでいた福島市南東部の新興住宅地では、事故直後に20ミリ超の地点が次々見つかり、避難指示を求める声が高まったにもかかわらず、国が認めなかったのだ。

もはや一般的になっているので使わざるを得ないが、「自主避難者」というより、一方的な線引きから疎外された「区域外避難者」という方がしっくりくる。

そんな自主避難者に対する行政による唯一の支援(この言葉にも違和感はあるが)が「みなし仮設住宅」の無償提供だった。自らを被害者と認める唯一の「証し」でもある。

今回の原発事故は、巨大地震と津波によって引き起こされた「複合災害」だ。国は発生直後、地震・津波と原発事故という原因で区別せず、同じ災害救助法に基づき「応急仮設住宅」を避難者に提供した。そして5年が経ち、「復興」と「自立」を名目に提供を打ち切ろうとしている。

しかし、自然災害による避難と原発避難は本質的に異なる。

2016年3月2日、日比谷野外音楽堂で開かれた
ひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)の集会〔筆者撮影〕

追い詰められる原発避難者

被ばくを避けようと県境を超えて拡散していった避難者たちに対して、避難先の自治体は公営住宅やアパートの空き部屋を借り上げて無償提供した。これが「みなし仮設住宅」だ。

これまで自然災害の避難者を対象にプレハブの建設型仮設住宅を提供することが想定されていた。しかし今回は原発避難者の拡散でむしろみなしの方が多く、約55%を占める。安全性や耐久性に問題があるプレハブと異なり、みなしはいわば普通の住宅だ。急いで退去させる必要性は乏しい。

そして汚染が消えない現実を前に、メリットのない被ばくを受け入れられず、帰還をためらう原発避難者に対して、隠ぺい、詭弁、無責任……あらゆる姑息な手段を使って為政者たちはみなしからの追い出しを図ってきた。

たとえ家族が増えても、近所トラブルでも「住み替え」を認めず、「もう延長はないかも」と思わせて、突然に提供期限の延長を繰り返す。先が見えない生活に耐えられない避難者は望まぬ帰還、ないしは自力での転居に追い込まれてきた。

遠藤真由美さん(仮名、43)は2014年春、約3年間の母子避難を終えて福島市に戻った。「退去に怯え続ける生活は限界だった。でも母親(本人)が納得して戻らないとうまくいかないと思う」とこぼした。

避難者に追い出しを迫る一方、みなし仮設の家賃はこれまで東京電力に一切請求されていない。水面下の交渉で東京電力と経済産業省が支払いを渋ると、責任と正面から向き合わずに問題を先送りしてきた。

その理由をしつこく尋ねると、関係した官僚はいら立ちをあらわに「結局のところ、誰が説明責任を取るかって問題なんだよ」と答えた。誰も責任を取ろうとしないまま、挙げ句の果ては「打ち切り」だ。

自然災害における避難と原発避難が決定的に異なるのは、事故を引き起こした加害者の存在にある。

被ばくは人間の五感では認知できず、健康被害の因果関係も不明確なのを良いことに、為政者は一貫して被害の矮小化を進めてきた。空間、時間、そして責任(人間)までも。そして「なかったこと」として完遂しつつある。
なぜ仮設の打ち切りを急ぐのか

政治は本来の役割をほとんど果たしていない。

被害の矮小化は民主党政権下でも着々と進められてきた。そして2012年12月に安倍政権が誕生。13年7月の参院選で「ねじれ」状態を解消し、同年9月に東京五輪の開催が決まると、一気に本性があらわになっていく。

安倍政権が掲げたのは「復興の加速化」。良心があると感じる数少ない官僚の一人は当時、こう言った。

「これは政府はとにかく早く事故から手を引く、ということだ。本当は被災者に向き合わないといけないのに……」

その言葉を聞き、原発被災、ないしは被害の時間を短くしたい為政者の思惑を感じ取った。だが恥ずかしながら、当時は具体的な手口までは思い浮かばなかった。まさか早く仮設住宅から退去させることで、形式的に原発避難者という属性を消し去ろうとしているとは。

これはみなし仮設住宅によってかすかに被害者たる「証し」を認められていた自主避難者だけの問題ではない。

福島県が住宅提供の打ち切りを発表した2015年6月、政府も「福島復興加速化指針」の改定を閣議決定した。これは事故後6年、つまり17年3月になっても年間20ミリシーベルトを下回らない「帰還困難区域」を除いて、避難指示を解除するものだ。解除されれば1年後に賠償(慰謝料)も打ち切り、明言はしていないが、いずれは住宅提供も打ち切るだろう。

一方、帰還困難区域からの避難者には、福島県内に整備する「復興公営住宅」への入居か、住宅購入に対する賠償上乗せによる移住を促している。これも仮設から早く退去させるための手立てと言える。


だが復興公営住宅はみなしと同じ集合住宅、団地だ。団地から団地に人を移さなければならない意義は乏しい。実際、郡山市内の復興公営住宅に入居した老夫婦は「今さら家を買っても仕方ないし、借り上げ(みなし仮設)にいつまで住めるか分からないから入居した。今も『避難中』という気持ちに変わりはないが、ここが『終の住み家』になるのだろう」と寂しそうに打ち明けた。

自力で住宅再建が難しい津波被災者向けの災害公営住宅と同様に家賃の負担もかかるが、無料化はせずに東電の賠償で賄う中途半端な形になっている。災害救助法上はこれで「避難終了」と解釈されるはずだが、為政者は決してそれを口にしない。

みなしからみなしへの「住み替え」については、「いったん仮設から出れば避難終了である」と、災害救助法の解釈を理由に認めないにもかかわらず、復興公営住宅への入居者が避難終了かどうかは口をつぐむ。いつかは「あれが避難終了だった」と言い出すのだろう。
結局、自己責任?

福島県内外の避難者が入るみなし仮設の家賃は年間約280億円、このうち自主避難者の大半が含まれる福島県外分は約80億円に過ぎない(いずれも15年度予算から)。

一方、復興公営住宅の整備にはこれまで約2100億円が投入された。また除染は廃棄物を管理する中間貯蔵施設も含めて3.6兆円と試算されている。仮設の「打ち切り」を急ぐ主な目的が金額の問題ではないのが分かる。

これは東電、そして原発を所管する経産省だけの問題ではない。未曽有の事態が起きると、官僚機構は事態の対処に必要な制度を編み出すより、従来から維持する制度に合わせて事態を歪める方に走りがちだ。これが事態の過小評価につながる。

長期の原発避難を保障する「仮の町」「二重の住民票」などのアイディアを否定したのは、「住所は一つ」を原則とする住民基本台帳法を所管する総務省だった。自主避難者が公営住宅に入居できる制度作りに後ろ向きだった国土交通省も同様だ。

彼らが被災者、被害者の切実な声に耳を傾けることはない。秘密裏のうちに出した結論を一方的に押し付けるだけだ。そうやって被害は限りなく自己責任に押し付けられ、果ては心の問題、そして不安の問題へと押し込められていく。

自主避難者支援に関わっていた復興庁の元担当者はこう言い放った。

「だって、当時は爆発が怖くて逃げたんですよね。まあ逃げる権利はあるから自由ですけどね。でも国民の税金でしょ。そこはちょっとね」

彼が本当にそう信じているかは分からなかった。しかし、これは決して担当者個人の見解ではない。復興庁が昨年7月に山形市内で開いた自主避難者向けの説明会は、質疑応答がわずか15分だった一方、著名な女性心療内科医による講演「心が元気になるために」は1時間だった。そこには被害者を切り捨てる普遍的な文法が垣間見える。

意思決定のプロセスを隠し、一方的に出した結論を押し付け、被害の受忍を迫る。原発事故の被害は健康被害に限らず、不合理な矮小化によって一人ひとりを尊重する価値観が壊されかねないのだ。この災厄は誰の身にも降りかかる。決して他人事ではない。

* * *

東京電力福島第1原発事故から5年。

今進んでいるのは、原発避難者を故郷に戻そうという親切な「帰還政策」ではなく、集団が丸ごと消え去るよう追い込む「棄民政策」だ。

避難生活を支える最低限の基盤である「住まい」すら奪い取り、一方的に事故の幕引きを急ぐ。政策決定のプロセスをひた隠し、被害者の声は完全無視だ。もちろん責任など取らない。

避難者の窮状をそのまま伝えるだけでは被害の全容を伝えられない。窮状を生み出す為政者を「主語」に据えた「原発棄民」しか、このたび上梓した拙著のタイトルはありえなかった。
文/日野行介(毎日新聞)


毎日新聞紙上での報道時から大反響!この国の政府は、原発避難者を消滅させようとしている

文/日野行介(ひの・こうすけ 毎日新聞)
1975年生まれ。九州大学法学部卒。毎日新聞記者。福井支局敦賀駐在、大阪社会部、東京社会部などを経て特別報道グループ。福島第1原発事故を巡り、県民健康管理調査(現・県民健康調査)の「秘密会」や、復興庁参事官による「暴言ツイッター」などを特報。著書に『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』がある。

0 件のコメント:

コメントを投稿