2016/03/10

(核の神話:18)福島で調査「チェルノブイリと違う」

2016年3月10日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ394RC5J39PTIL00Z.html

東京電力福島第一原発事故から11日で丸5年。2011年秋から続く福島県の県民健康調査によると、当時18歳以下の約38万人のうち、これまでに167例の小児甲状腺がん(疑い含む)が見つかった。100万人に1人といわれる極めてまれな病気だが、1986年のチェルノブイリ原発事故後には周辺の子どもたちに多発し、事故による放射線の影響があったと国際機関が確認している。しかし、福島県民健康調査検討委員会の星北斗座長は7日、日本外国特派員協会での記者会見で「福島はチェルノブイリとは違う。放射線の影響とは考えにくい」と強調した。

記者会見で語る星北斗・福島県県民健康調査検討委員会座長
=7日、東京・有楽町の日本外国特派員協会、田井中雅人撮影 

■福島県県民健康調査検討委員会座長・星北斗さん
【会見冒頭での発言の要旨】
チェルノブイリでの経験をもとに、小児の甲状腺に対する影響がとてもセンシティブに起こりうる可能性があることから、この調査を始めました。特に、長期間にわたって子どもたちの甲状腺を含む健康を見ていくというのが大きな目的です。(2013年度末までの)1巡目検査(先行検査)は「ベースラインスクリーニング」という言葉を使っていますけれども、子どもたちの甲状腺の現状を把握するためのもの。2巡目の検査では長期にわたって甲状腺の状態を評価していくという目的です。(今年度末まで続く)2巡目からは、事故当時お母さんのおなかにいた胎児も追加しております。



検査結果のA1、A2は特に心配のない子どもたち。Bはのう胞や結節があり、Cはすぐに検査、治療をしなければならないという判断で、BとCは精密検査をする。1巡目の検査結果では、受診者の0.8%が精密検査の対象になっています。注目していただきたいのが「ダウンステージ」。正常に近づくってことも多く観察されています。

去年の6月末までのデータでは、悪性あるいは悪性疑いというものが113例見つかって、99例を手術した。この113人の年齢分布を見ると、事故当時5歳以下からは見つかっていない。去年の12月31日までの2巡目データでもやはり約0.8%が精密検査の対象になり、51例が悪性あるいは悪性疑いとして見つかっております。こちらも事故当時年齢で5歳以下の人からは見つかっていない。1巡目、2巡目を合計すると167例、そのうち117例が手術を受けているということになります。



現在、県民健康調査の中間取りまとめをしています。できれば今年度中にまとめて公表したい。我々、非常に不幸な状況に置かれました。一方で、たくさんの健康指標にも変化がみられました。福島は元々、健康指標が決していいところではありません。医療従事者も十分な数がいるとは思いません。しかし、我々はこの経験を単純に「事故のせい」というのではなく、我々の健康をもう一度見直すチャンスに変えていく時期が来ているのではないかと、思っています。言葉が過ぎるかもしれませんが、福島にいたおかげで、むしろ健康に注意するようになり、健康指標が改善し、一人ひとりの県民が健康に対する意識を変えていくことを心から願っています。


【質疑応答を抜粋】

――1巡目、2巡目の検査合わせて167人に小児甲状腺がんと診断された。これが原発事故の影響かどうかはまだ分からないとのことだが、そうだとしても、「これは多発であるから早く手を打ったほうがいいんじゃないか」という医師もいる。座長として、これは「多発である」と認めるのか。そうでないとしたら、どういう説明ができるか。チェルノブイリでは事故後5年目ぐらいの時期には「多発ではない」と言っていたのが、10年後には多発を認めるというコースをたどった。福島も今後、チェルノブイリのようなコースをたどる可能性があるのか、ないのか。

「言葉の定義をしなければいけない。多発という言葉を使っていいのかどうか、少し考えなくてはいけないと思いますが、多く見つかっているという意味においては、これまでに知られている統計に比べて多く見つかっているということは事実です。多発というか、その影響があるということも考慮に入れて、私たちは検査を実施している。影響が全くないとか、その疑いが全くないということを申し上げるつもりはございません。被曝(ひばく)線量が非常に少ないということ、被曝からの期間が1年から4年と非常に短いということ、事故当時5歳以下だった人からの発見が今のところないこと、地域ごとの差が大きくないことなどから、我々は直接の影響ではない、『考えにくい』という言葉を使わせていただいておりますが、放射線の影響とは考えにくいという表現で、このことをとらえております。これまでの検査は学校単位、あるいは地域単位でやってきました。大変高い受診率を維持しています。ところが、18歳を超えますと集団で検査をすることが難しくなる。今後どういうふうにしていくかが一つの課題。チェルノブイリとの比較は、線量が大きく違うというのが一点ですし、検査を始めた時期も大きく異なっております。検査の精度なども違っています。それらを科学的に、専門家の意見も聞きながら、今後も評価し続けていくことになると思います」


――検査結果について、地元の人ほど原発の影響であるとの評価を否定的にとらえるような傾向があるような気がする。一方、福島県外に拠点を置く専門家の方がそれを肯定することが多いと感じる。(座長は)現地密着で活動しているからこそ(原発の影響を)否定的にとらえたいのではないか。

「そういう影響があると思っていません。外から見るほうが批判的にとらえるというのも、必ずしもそうではないのだろうと思います。科学でありますので、我々はエビデンスをしっかり見つめて、それに対してどう評価するかということを求められていると思いますので、おっしゃるようなことは判断に影響を与えることはないと思います」


――福島県外に避難した人の検査は。

「今、避難生活を余儀なくされている方、あるいは自主的に県内外に避難されている方も検査の対象になっています。契約を結んでくれている全国の機関で行っています」


――仮設住宅で暮らす高齢者の健康状態をどう見ていくか。

「相談会を実施しています。この検査(県民健康調査)自体、限界があります。個人個人へのサービスというのは、この検査には含まれません。データを提供することで、市町村がそれを活用することで、お年寄りを含む多くの人たちの健康への取り組みを一生懸命みんなで取り組んでいるところであります」

――福島県産食品が他県産より安くなっていることや、建設会社の関心が東京オリンピックに移って福島の復興に影響しているのではないかとの見方について、どう思うか。

「県民の1人として、私は福島で育って、福島の食べ物はとてもおいしいと思っています。それが、こういう影響で、もし買いたたかれているとすれば、悲しいと思います。そういう風評を含め、これからも長く、もしかしたら闘わなければならないかと思うと、非常に悲しくなりますが、不公平とか、そういうのはダメとか言うのではなく、自分たちの力でこれをはねのけていく強さを求められているんだろうと感じます。建設業界の人らの意識がオリンピックに行ってしまうというような心配は思っていません。(福島では)外国の選手団を、県をあげて、まちをあげて引き受けようという動きがあります。そういう方々を通じて、福島の今、日本の今を分かってもらうチャンスになるのは決して悪いことじゃないと思うので、このオリンピックの開催を私は歓迎しています」


――160人以上の小児甲状腺がんが出ていることは事実だ。今後も増える見通しは。

「放射線の影響があって増えていくのかという質問ならば、現時点では私はそういうふうには見ていません。ただ、それを頭から否定する気もありません。これまで見つかったがんに加え、検査をすれば相当数のがんが見つかることは当然想定されると思います。それが放射線の影響によって増えているということが明らかになるようなデータが出てくれば、当然そういう評価をすることになると思います。増えるという予断や、増えないのではないかという予断をもってあたってはいけないのではないか」


――過剰診療のせいで甲状腺がんが多く見つかっているのではないかという見方もあると思うが、(数年後に臨床症状をもたらすがんを前倒しで見つけているという)「スクリーニング効果」によるものかどうか、どうすれば決着がつけられるのか。初期被曝の放射性ヨウ素がしっかり測られていないということが、今から取り返しのつかないことだと思うが、そのうえで、甲状腺がんについて放射線との因果関係を今後どういうふうに否定、肯定できるのか。

「科学的に放射線の影響かどうかを決定づけるには、専門家の意見を聞けば、甲状腺に受けた被曝線量とがんの発生の頻度に一定の因果関係があることを証明する必要があると思います。事故直後の甲状腺の被曝線量を把握するための調査は非常に少ない。そのために得られるデータは非常に少ないのも事実。同じぐらいのサイズで全く放射線の影響がなかったと思われる地域で同じような検査をすべきだという意見をお持ちの方がいることも知っています。しかし、それは現実的ではないし、甲状腺がんを見つけてしまうことになれば、被曝を受けた可能性がない人たちにがんを突きつけることになりかねない。慎重にやるべきだと思います。実際に受けた被曝線量を推計するのは非常に難しいとしても、これからも調査をして、本当に因果関係があるかどうかがきちんと評価されるよう努力すべきだと思っています」

――福島には現実には健康に対する危険はもうないのに、メディアが大げさに騒いでいるかのように聞こえる。福島の全体状況を再認識すべきだと考えるのか。

「何も起きなかったとは言いません。私は多くの人たちが恐怖にさらされたという事実は変わらないと思います。放射線の医学的、科学的影響という範疇(はんちゅう)を越え、我々の心に大きく突き刺さっていると思います。ある年代の女の子たちが『もう私、結婚できないわ』というのを良く聞きました。私たちはそれを忘れてはいけない。ただ、誤解を受けて、そういう思いを持ち続けることは、あってはならないとも思っています。ぜひ多くの方々に福島を訪れていただいて、今の福島を見ていただきたい」

    ◇
(核と人類取材センター・田井中雅人)いなか・まさと 中東アフリカ総局員(カイロ)、国際報道部デスク、米ハーバード大客員研究員(フルブライト・ジャーナリスト)などを経て、核と人類取材センター記者。ツイッターで発信中。https://twitter.com/tainaka_m



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