2016/03/07

福島・甲状腺検査 子のがん「多発」見解二分 過剰診断説VS被ばく影響説

2016年3月7日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160307/ddm/010/040/073000c

過剰診断説「無害なもの発見」VS被ばく影響説「原発近くで増加」

東京電力福島第1原発の事故後、福島県民の健康調査の一環として県が実施している子供の甲状腺検査で、昨年末までに166人が甲状腺がんやがんの疑いとされた。有識者でつくる県の検討委員会は全国的な統計に基づいて推計される患者数に比べ「数十倍多いがんが発見されている」と指摘。検討委や環境省は「放射線の影響とは考えにくい」としているが、専門家の間でも意見が分かれる。議論の争点や、患者の治療の現状を探った。


「わが国の(自治体による)地域がん登録で把握されている統計などから推定される有病数に比べ、数十倍のオーダー(水準)で多い甲状腺がんが発見されている」。2月15日、県の検討委は中間とりまとめ最終案で、原発事故の約半年後から30万人以上を対象に始めた甲状腺検査の結果をこう表現した。

甲状腺の超音波検査を受ける子供。県の調査でも同様の検査が行われている
=福島県平田村の「ひらた中央クリニック」で、佐々木順一撮影

「多発」との見方は疫学(集団を対象にした疾病研究)の専門家の間でもおおむね一致している。国立がん研究センターの津金昌一郎(しょういちろう)・社会と健康研究センター長のチームは今年1月に、津田敏秀・岡山大教授のチームは昨年10月にそれぞれ論文を発表。計算方法は異なるものの、結論はいずれも「全国の約30倍」だった。津金氏は県の検討委メンバーでもある。

しこりなどの自覚症状がない子供数十万人を対象に甲状腺がんの有無を調べる試みは、日本で過去にない。このため当初は「いずれ発症する患者を前倒しで見つけ、一時的に患者が増えただけ」との指摘もあった。ただ、こうした「前倒しの発見による患者増」は、他のがん検診でも事例はあるものの、数倍程度にとどまる。「30倍は説明できない」というのが、津金、津田両氏の見方だ。

今のところ、主な原因として考えられるのは、津金氏らが主張する「過剰診断説」と、津田氏らが訴える「被ばく影響説」となる。

「過剰診断」とは、体内に隠れている「放置しても無害ながん細胞」を、検診で見つけて「がん」と診断することだ。

過剰診断は、肺、乳房、前立腺などのがん検診でも数十年前から指摘され、受診者の心身に負担を与えてしまう「負の側面」が問題にもなっている。2004年、厚生労働省が小児がんの一種「神経芽腫(がしゅ)」の検診を、過剰診断による患者の不利益が大きいとして中止した例もある。

韓国では1990年代後半から成人の甲状腺検診が盛んに行われ、患者数が15倍に膨れ上がった。しかし死亡率は横ばいで、この結果は「無害ながんを、検診で余計に見つけた」と解釈された。

福島県の検診は主に子供が対象だが「多発の理由は韓国と同様に過剰診断と考えるのが合理的だ」と津金氏。その根拠に▽福島の子の甲状腺被ばく線量は最大数十ミリシーベルトとされ、30倍もの患者増をもたらす量ではない▽被ばく量が高い地域ほど患者が多い現象は起きていないとみられる−−点を挙げる。県も同様の見解だ。ただ、津金氏は放射線の影響を全面的に否定しているわけではなく、「ごく一部は被ばくが原因でもおかしくないが、その割合は正確には分からない」と語る。

これに対し、津田氏は、事故から検査までの期間の違いも考慮して分析し、「原発に近い双葉郡などでは、遠い須賀川市などに比べて発生率が4・6倍高い」として被ばくが主因と訴える。過剰診断も否定はしないが、患者の92%にリンパ節などへの転移や他組織への広がりがみられたとされることから「過剰診断は最大で患者の8%」と見る。

また、86年のチェルノブイリ原発事故では、事故後に生まれた被ばくしていない計4万7000人の検診で甲状腺がんが一人も見つからなかったとする論文3本の存在を挙げ、子供の検診での過剰診断を否定する。

さらに「隠れた無害ながんは、1巡目で発見し終えたはずだ」と指摘し、一昨年から始まった2巡目の検診でも患者51人が見つかったことに注目する。2巡目の結果については、過剰診断説を取る祖父江友孝・大阪大教授(公衆衛生学)も「被ばくとは考えにくいが、過剰診断だけでは今は説明できない」と当惑する。

過剰診断と被ばくのどちらが主因かは、他地域で同規模の検査をすればはっきりする可能性がある。だが、津金氏は「県内の検査は被ばく影響の有無の確認に必要だが、県外では過剰診断を増やすだけで、行うべきではない」と訴える。一方、津田氏は「因果関係をあいまいにしないよう、県外でも患者の把握をすべきだ」と話す。また、県内も含めがん登録や被ばく者手帳の発行で患者を確認するよう求める。


異なる分析方法、同じ「30倍」算出

グラフィック=立川善哉

福島県の子供の甲状腺がん「多発」は、どのような計算に基づくのか。

津金、津田両氏とも、分析したのは2011〜15年に実施された1巡目の検査結果。約30万人が受診し、分析の時点で疑いも含め113人に甲状腺がんが見つかっていた。

津金氏は、検査を対象者約36万人全員が受けた場合は、約160人の患者が見つかっていたと推計。その上で、全国平均では同年代の36万人のうち何人が甲状腺がんにかかっているかを推計し、約5・2人とした。これを160人と比べ「約30倍」を導いた。

津田氏は受診者と同じ年代の甲状腺がん発症率が全国平均で「年間に100万人当たり約3人」であることに着目。受診者30万人で患者113人の福島では、約4年間の発症率が「年間100万人当たり約90人」になるとして、「約30倍」とはじき出した。

県の検討委員会が「数十倍のオーダーで多い」と表現したのは、津金氏の計算方法に依拠している。
確定116人、疑い50人

福島県が2011年6月から全県民を対象に実施している県民健康調査は、基本調査と詳細調査で構成される。

基本調査は、事故から4カ月間の外部被ばく線量を各県民に当時の行動を問診票に記載してもらい推計する。これを基礎データとして▽子供が対象の甲状腺検査▽避難指示が出た住民のストレスや生活習慣病の調査▽妊産婦を対象にした新生児の先天奇形・異常の発生率などの調査▽避難指示が出た住民への検診−−の四つの詳細調査がある。

甲状腺検査は事故当時18歳以下の子供が対象。20歳までは2年ごと、以後は5年ごとに受ける。1次検査は首に超音波を当て、5・1ミリ以上の結節(しこり)や20・1ミリ以上ののう胞(液体がたまった袋)が見つかったり、詳細な検査が必要と判断されたりした場合、2次検査を受ける。超音波と採血、尿の検査で異常があれば、しこりに細い針を刺して細胞を採取し、顕微鏡でがん細胞かどうかを検査。可能性があれば「がんの疑い」とされ、手術で甲状腺を切り取り細胞を病理検査して最終的に「がん」と診断される。

11年10月から昨年4月、先行的な調査として1巡目の検査を行い、100人のがんが確定。15人にがんの疑いが判明した。14年4月から実施中の2巡目では16人のがんが確定し、35人にがんの疑いが出た。県の検討委は中間まとめ案で、「放射線の影響の可能性は小さいとはいえ現段階ではまだ完全に否定できず、長期にわたる情報の集積が不可欠」として検査を継続していくべきだと結論づけた。


被ばく量、推計難航



チェルノブイリ原発事故では、当時18歳以下の甲状腺がん患者が2008年時点で7000人以上と報告され、今も増えているとみられる。被ばく量が高い人ほどかかりやすく、特に子供への影響が大きいことが分かっている。

福島ではチェルノブイリの1〜3割の放射性ヨウ素131が放出されたとされる。ただ、住民がどの程度ヨウ素を体内に取り込んでしまったかという肝心の推計が難しい。

最大の問題は事故後の混乱などにより、甲状腺の被ばく量をほとんど実測できなかったことだ。ヨウ素131は半減期が約8日と短く、事故後すぐでなければ測定は難しい。チェルノブイリでは約35万人が測定を受けたが、福島では3市町村(川俣町、いわき市、飯舘村)の子供1080人の簡易測定と、浪江町、南相馬市の住民62人分の測定などわずかしかデータがない。さらに、測定値から被ばく量を逆算する際の条件の置き方によって、推計値には幅が出る。

放射線医学総合研究所は、ヨウ素が呼吸からだけ体に入ったとの前提で、福島県民の大半の甲状腺被ばく量を「30ミリシーベルト以下」と推計した。これは大人が胸部のCT(コンピューター断層撮影装置)検査を1回受けた時の甲状腺被ばく量の十数倍に相当する。一方、世界保健機関(WHO)は環境中の線量データを用い、ヨウ素を取り込む経路として食べ物も考慮するなどして子供は「10〜200ミリシーベルト」と見積もった。1歳児が15年間で甲状腺がんになる危険は浪江町で事故前の7・4〜9倍、福島市で3・1〜3・8倍に上がったと推計した。

これらの推定値は臓器ごとの被ばくの影響を表したもので、原発事故の避難基準などで使われる全身への影響を示した数値とは異なる。
10年生存率は9割超

甲状腺は喉の下部にあるチョウのような形の臓器で、新陳代謝や成長に欠かせないホルモンを作っている。

日本甲状腺外科学会などによると、甲状腺にがんができる要因の一つに放射線被ばくがある。甲状腺は食事で取り入れた海藻類に含まれるヨード(ヨウ素)を元にホルモンを作るが、体内に放射性ヨウ素が取り込まれた場合も甲状腺にたまりやすいからという。

全国16のがん専門病院で集計した患者の10年生存率は90.9%と高く、がん全体の58.2%を大きく上回る。特に9割近くは、がん細胞の形が乳頭に似た「乳頭がん」で、進行が遅く経過も良い。福島の検査で見つかったのも大半がこの種類だ。ただ、子供の患者に関するデータは少ない。甲状腺疾患専門の隈病院(神戸市)の宮内昭院長は「一般に大人より進行が早く、転移がある率も高い。それでも治療後の生存率は大人以上に良い」と話す。

治療は主に、甲状腺の摘出・切除手術になる。福島では、昨年3月までに手術した患者96人中6人が甲状腺を全て摘出し、90人が半分摘出した。全摘ではホルモン補充の薬が一生欠かせず、半分摘出でも必要な場合がある。


手術97人「必要な治療」 症例を報告、県立医大・鈴木教授

鈴木真一教授


甲状腺検査で「がんの疑い」とされた子供のほとんどは、福島県立医大で診察を受け、必要があれば摘出手術を受けている。県立医大の鈴木真一教授によると、昨年3月末までに手術したのは97人で、1人は良性と判明した。鈴木教授は昨年8月、県の検討委に96人の症例について報告した。

鈴木教授によると、腫瘍が10ミリを超えているか、10ミリ以下でもリンパ節や他臓器に転移している疑いがあるものは手術が必要と判断される。

鈴木教授の報告では、腫瘍10ミリ超が63人、転移の疑いが8人おり、手術を実施。残る25人のうち22人は気管や声帯を動かす神経に近いなどの理由で手術を勧め、実施した。それ以外の3人は経過観察を勧めたが患者側が手術を希望したという。

原発事故前、県立医大で手術して甲状腺がんと診断される子供は年1〜2人程度だった。「多発」の理由について鈴木教授は「現時点で放射線の影響は考えにくい。多数が検査を受け、通常の診療で見つからないがんを見つけている」との見解を示す。「無害ながんも含まれるのでは」との指摘には「現在の知見で必要とされる治療をしている」と反論する。

検査を受ける子供には不安がつきまとう。約9ミリのしこりが見つかり2次検査を受けた男子中学生(15)は両親同席で取材に応じ、「がんの可能性は『極めて低い』と言われたが、2年前の検査よりしこりが大きくなっており、将来大丈夫かなと心配になる」と話した。

県立医大は、2次検査を受ける子供らの相談に応じるため、臨床心理士らによるサポートチームを2013年11月に発足。がんと診断された子供についてはホルモン治療など手術後の生活の不安を和らげようと、昨春に患者会を発足させた。

この特集面は、高木昭午、須田桃子、千葉紀和、岡田英、喜浦遊が担当しました。

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