2016年5月14日 ニュース専門ネット局 ビデオニュース・ドットコム
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ゲスト 尾松亮氏(関西学院大学災害復興制度研究所研究員)
ロシアやウクライナにできたことが、なぜ日本にはできないのだろうか。
史上最悪の原発カタストロフィと呼ばれたチェルノブイリ原発事故から今年で30年になるが、チェルノブイリ原発があるウクライナとその周辺のロシア、ベラルーシにはチェルノブイリ法という法律が存在する。そして、各国政府はそのチェルノブイリ法に則って、事故によって健康被害を受けた可能性のある人々や、避難や移住を強いられた人々の補償にあたってきた。
3ヵ国ともに決して経済状況が良好とは言えないため、全ての補償や支援が約束通りに実施されているとは言えない状況だが、少なくともチェルノブイリ法は原発事故の責任主体が国家であることを明記し、年間被曝量が1ミリシーベルトを超える地域に住むすべての人を無条件で補償や支援の対象とする画期的なものだった。同法によって被害者や被災地の線引きが明確になったため、健康被害についても、チェルノブイリの被害者は原因が原発事故だったかどうかの証明を求められることはない。
翻って、今日本では原発事故の被害者への救済や支援はどうなっているか。チェルノブイリ事故と同じレベル7に区分される福島原発事故では、事故直後に20キロ圏を強制的な避難指示区域に指定した上で、その後も年間20ミリシーベルトを超える被曝が想定される地域を避難の対象地域としたため、最大で16万5千人近くが故郷を追われることとなった。そして、現在も約10万人が避難生活を送っている。
しかし、日本では事故の第一義的な責任は東京電力が負うことになったため、強制的に避難させられた被害者への賠償は東電が行っている。そして、政府は除染作業を進めることで、年間被曝量が20ミリシーベルトの基準を下回った区域から順に帰還を進めている。避難指示が解除され、避難が強制的ではなくなった区域の住民から順次賠償は打ち切られることになるため、5年に渡る避難を強いられた被害者は被曝のリスクを覚悟の上で、まだところどころホットスポットが残る故郷へ戻るか、賠償の支払いが止まることを前提に、故郷へは帰らないことを選択するかの、二者択一を迫られることになる。
健康被害についても、日本では福島県民を対象に、毎年、健康調査が無償で行われているが、甲状腺がんや甲状腺の悪性腫瘍の発生率が明らかに原発事故前と比べて急増しているにもかかわらず、政府は様々な理由をあげて、原発が原因だとは断定できないとの立場を取り続けている。
日本とチェルノブイリのこの違いは何なのか。ロシアにしてもウクライナにしても決して裕福な国ではない。しかも、事故が起きた1986年4月、チェルノブイリ原発は共産主義国だったソビエト連邦のウクライナ共和国にあった。しかし、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3ヵ国は事故後5年目にあたる1991年までに、現在の日本よりも遥かに踏み込んだ賠償や支援策を国が保障する法律を制定しているのだ。
われわれ日本人は、なぜ旧共産主義国のロシアやウクライナが、そこまで徹底して国家が事故の責任を負った上で、人権を尊重する法律を作れたのかを不思議がる前に、なぜ日本が現在のような対応しか出来ない状態でも平気でいられるのかを真剣に考える必要がありそうだ。
それまで普通の生活を送っていた何の罪もない何十万人という人々が、地震や津波とともに突如として襲ってきた原発事故によって放射能被曝を受けた上に、強制的に故郷を追われ、流浪の民のような生活を強いられた。それを、一通り除染を行ったのでそろそろ戻ってください。戻らないのであれば、それはそちらの自己都合なので賠償は打ち切ります、というのは、あまりにも酷いのではないか。
ロシアの研究者でチェルノブイリ法に詳しい関西学院大学災害復興制度研究所研究員の尾松亮氏は、チェルノブイリ事故と福島事故の決定的な違いが、国家が補償の責任主体とした点と、避難を必要とする放射能汚染の基準にあったと指摘する。チェルノブイリ法では、原発からの距離に関係なくICRP基準の年間被曝量が1ミリシーベルト以上の地域に住む人が、避難のための移住や健康被害に対する支援の対象とされ、国が「世代を超えて補償を続ける」ことが定められた。
一方、福島では1ミリシーベルトの被曝基準は2011年3月11日の原子力緊急事態宣言の発令によって一時的に20ミリシーベルトに引き上げられ、それがそのまま現在の基準となっている。政府が進める帰還政策も、年間20ミリを下回った区域から順次行われている。
健康被害に対する補償についても、県民健康調査でこれまでに見つかった甲状腺異常は原発が原因とは言い切れないとの理由から、事実上、補償や賠償は行われていない状態にある。チェルノブイリ法が年間1ミリを基準として、原発事故が健康被害の原因の可能性があればすべて補償しているのとは対照的だ。
実はロシアでもチェルノブイリ原発事故直後から、補償対象の基準被曝量をICRP勧告の年間1ミリから大幅に引き上げようとする動きがあったと尾松氏は言う。実際、一時は年間100ミリまで基準が引き上げられたこともあったそうだ。しかし、事故から5年後の1991年、ロシア、ウクライナ、ベラルーシはICRP勧告通りの年間1ミリ基準を守り、それを超えた場合は移住も健康被害も全て国が責任を負うことを定める法律を作った。一方、日本は事故から5年経った今も、基準は20ミリのまま、賠償責任は事実上の破たん企業と言っていい東電に負わせ、健康被害についてはいまだに因果関係をめぐる議論に終始している有様だ。
なぜロシアやウクライナはチェルノブイリ法を制定することができたのか。そして、なぜ日本にはそれができないのか。その結果、原発事故の被害者たちは今、どのような状態に置かれているのか。チェルノブイリ法の仕組みや背景と日本の現状をゲストの尾松亮氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
尾松亮おまつ りょう
関西学院大学災害復興制度研究所研究員
1978年東京都生まれ。2000年埼玉大学教養学部卒業。03年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。株式会社現代経営技術研究所主任研究員、株式会社地域開発研究所リサーチャーなどを経て、16年より現職。著書に『3.11とチェルノブイリ法 再建への知恵を受け継ぐ』、共著に『原発事故 国家はどう責任を負ったか ウクライナとチェルノブイリ法』など。
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