(「3・11甲状腺がん子ども基金」は、原発事故後に甲状腺がんになった子どもと家族を、療養費給付等によって支える事業を展開しています。この申請を通して、福島県外でも、甲状腺がんにかかる子どもたちがいて、健診等で発見されることがないために、福島県内からの申請者に比べて、重症化している傾向があることや、県民健康調査検討委員会による報告から漏れている例があることなどが明らかになっています。この重要な取組みについて、ぜひインタビューをお読みください。 子ども全国ネット)
3・11甲状腺がん子ども基金
甲状腺がん患者とその家族を療養費給付で支える
3・11甲状腺がん子ども基金
甲状腺がん患者とその家族を療養費給付で支える
崎山 比早子さん(3.11甲状腺がん子ども基金代表理事)
●甲状腺がん患者に 療養費を給付
3・11 甲状腺がん子ども基金は、「原発事故後、甲状腺がんになった子どもたちのために」との思いを同じくする医師や弁護士、科学者、市民らが集まって、2015年の7月に立ち上げました。
基金の療養費給付事業「手のひらサポート」では、原発事故後に甲状腺がんの手術を受けたり、穿針細胞診で甲状腺がんまたはその疑いがあると診断されたりした、事故当時19歳以下の人を対象に、一律10万円を給付しています。対象地域は福島県だけでなく、事故後に放射性プルーム(放射能雲)が通過した、幅広い地域です。これまでに96人に療養費の給付を行いました。
原発事故の被災者への医療支援や経済支援については、13年に、自民党から共産党まで、全会一致の議員立法で成立した「原発事故子ども・被災者支援法」の13条3項で、次のように定められています。
国は、被災者たる子ども及び妊婦が医療(東京電力原子力事故に係る放射線による被ばくに起因しない負傷又は疾病に係る医療を除いたものをいう。)を受けたときに負担すべき費用についてその負担を減免するために必要な施策その他被災者への医療の提供に係る必要な施策を講ずるものとする。
ところが現在、福島県外の放射能汚染地域で、事故後に甲状腺がんと診断された人に対して、治療費や療養費を補償する公的な枠組みはありません。
福島県の県民健康調査でがんと診断された場合には、県が指定する病院で治療をすれば、治療費は給付されるものの、この補償がいつまで続くかは、明らかにされていません。また、指定された病院が近くにあるとは限りませんから、家庭によっては、多額の交通費がかかります。決められた曜日に子どもを通院させるために、仕事を休んで子どもに付き添う保護者もいるでしょう。治療費のみの給付では、こうした金銭的な負担をカバーできないのです。
原発事故の被害者が、将来にわたり安心して治療を受けられるようにするには、治療費を含む「療養費」を補償する、国の制度が不可欠です。基金でも、そのための呼びかけをしていきますが、実現するまでの橋渡し役として、療養費給付事業を行っています。
●情報独占によって事故の影響が見えにくく
今年の春、事故当時4歳だった男児に療養費の給付を行いました。その男の子は、県民健康調査の2次検査で「経過観察」に移行した後、甲状腺がんと診断され、福島県立医大で手術を受けたそうです。
しかし、福島県が公表するデータによれば、事故当時4歳以下の小児甲状腺がん患者は、いないことになっています。 この男の子のことを、医大の放射線医学県民健康管理センターに問い合わせると、「発表の通り(4歳の男の子の症例は、公表されているデータには含まれていない)です」という答えでした。
私たちの問い合わせの後で同センターは、これまで一般に知られていなかった「経過観察」というルートがあることをホームページで明らかにしました。このルートに入ると、がんと診断されて手術を受けても、検討委員会には報告されない可能性が大きいのです。この男児のようなケースがこれまで何例かあったかもしれませんが、それは把握されていません。二次検査の後、経過観察に入れられる子どもが、どのような基準で分けられているのかも、わかっていません。
原発事故後、小児甲状腺がんの子どもがどれだけ増えたのかを、福島県のみならず、県民健康調査の結果を評価する、検討委員会の委員も正確に把握していないのは、大きな問題です。そしてその問題の根本にあるのは、県立医大による情報の独占です。県立医大で手術をしたのですから、医師が把握していなかったはずはありません。
それなのに県立医大の医師は、「(チェルノブイリでは、事故当時5歳以下の子どもの症例が多いのに対し、日本では)事故当時5歳以下の子どもの発症例がないので、現在多発している小児甲状腺がんと、原発事故との因果関係は考えにくい」と、国内外で主張し続けています。
現在、福島県の県民健康調査で、経過観察中の子どもは2719人。この中にも、甲状腺がんと診断され、すでに手術を受けた方がいるかもしれませんが、その数は把握されていません。
県立医大による情報の独占が見直されなければ、原発事故が、子どもたちにどれほどの影響を与えたのかを、正確に知ることができなくなってしまいます。県民健康調査そのものの信頼性を大きく揺るがす問題ですから、早急に見直されるべきです。
●甲状腺がんは 予後が良いがん?
福島原発事故後の甲状腺がんの多発が否定できなくなると、「甲状腺がんは予後のよい病気で、死亡率も低い」というトーンで語る医師や専門家が急に増えたことに、強い違和感を覚えます。
確かに甲状腺がんは、早期発見、早期治療ができた場合には、比較的予後が良いがんと言えるかもしれません。でも、リンパ節や肺など、ほかの部位に転移してから、あるいは腫瘍が大きくなってからの手術では、当然、リスクが高まります。甲状腺の近くには、声帯を動かす「反回神経」があるのですが、チェルノブイリには、甲状腺がんの手術によってこの神経が損傷され、声を出せなくなった子どももいます。また、甲状腺を全摘出した場合、その子は一生、ホルモン剤を飲み続けなければいけません。災害などの緊急時に、ホルモン剤の入手が困難になったら、どうするのでしょう。
そもそも小児のがんは、大人のがんとは、本人やその家族に与える精神的影響が大きく異なります。まだ心も身体も発達段階にある子どもが、がんの手術を経験し、再発のリスクと向き合いながらその後の人生を過ごす。そこには、第三者には想像が及ばないほどの葛藤や苦しみがあるはずです。
「命に別状がないから、大したことはない」という乱暴な議論には、人の生活や、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)に対する基本的なまなざしが欠けているように思えます。
●「多発」だからこそ 検査は継続すべき
また、一部の医師や科学者が「スクリーニング効果(大規模な検診によって、疾病の見つかる確率が上昇すること)」や「過剰診断(放っておいても命に別状のないがんを、検診で見つけてしまうこと)」を強調し、福島県で行われている甲状腺検査縮小へと舵を切ろうとする動きも感じます。
そうした動きを後押しする主張の一つとして、「日本はチェルノブイリよりも被ばく量が少なかった」と語られることがありますが、日本にはそもそも、事故直後に誰がどれだけ被ばくしたのかを示す、具体的で信頼性ある測定データがないのです。事故後、福島県で1080人の子どもたちの甲状腺被ばく量を測っていますが、測定した場所の線量が高く、その測定値は信頼性に欠けます。日本に比べると、経済的にあまり豊かではなく、機器も満足にそろっていなかったウクライナでさえ、13万人の子どもたちの甲状腺被ばく量を、事故直後に測定しています。その上で、国費での甲状腺検査を続けているのです。
現在までに、福島県の県民健康調査で甲状腺がんと診断された子どもは、疑い含めて191人。15年、(福島県)県民健康調査検討委員会の甲状腺評価部会が発表した中間とりまとめには、事故後の福島県の小児甲状腺がんは、(通常より)「数十倍のオーダーで多い」と明記されました。
今後も小児甲状腺がんが増える可能性は否定できません。中には「事故後の被ばく量が明らかでないから、『多発』している甲状腺がんと、原発事故との因果関係は認められない」と主張する人もいますが、だからといって、検査を縮小していいはずがありません。初期被ばく量が分からないからこそ、子どもたちの甲状腺を丁寧に検査し、詳細なデータを残す。それが、原発事故後を生きる子どもたちのために、せめて大人が果たすべき責任であるはずです。
●国の「過小評価」が 被害者に口を つぐませている
原発事故から6年半が経った今、私が強く感じるのは、個人の健康と権利が、あまりにもないがしろにされているということです。
福島県内では、放射能汚染や、被ばくによる健康影響について口に出すこと自体が、復興の妨げになるとの空気があるといわれます。ママ友同士でおしゃべりするのにも「この人は、被ばくを気にしている人かな、そうじゃない人かな」と、考えて話題を選ぶそうです。
基金の抱える課題の一つは、申請者が少ないことなのですが、背景には、そうした空気もあるのかもしれません。申請することで、自分の子どもが甲状腺がんだと周りにわかってしまうのではないかと心配する方もいますから、申請者に書類を送付する際は差し出し人が周囲にわからないようにするなどの配慮をしています。
必要としている方へ療養費を届けられるよう、今後もできる限りの努力はしていくつもりですが、事故の被害者が口をつぐまざるをえない空気があること自体、とてもおかしいと思います。
事故前より高まった放射線の中で暮らす人たちは、日ごろから、できるだけ被ばくを避けるべきですし、定期的な検診を続け、子どもたちの健康状態を注意深く見守っていく必要があります。しかし国は、一部の医師や科学者の発言を根拠に、被ばくの影響を過小評価しています。
事故前なら、一般の人が立ち入ることが許されなかったほどの高線量(年間20㍉シー ベルト)の地域でも、避難指示を解除した国の判断は、「被ばくのことは、気にしなくていいんだ」「国が大丈夫だとお墨付きを与えたんだ」との印象を、多くの人に与えたでしょう。「復興が最優先」との大きな声に気おされて、自分の意見を口にするのをためらう人も多いように感じます。
何より深刻なことは、子どもたちに、放射能や被ばくについての正しい知識を教えようという、国の姿勢が見えないことです。正しい知識なしに、被ばくのリスクを避けることはできません。事実を伝えないということは、将来にわたって、自分の健康を自分で守る能力を、子どもたちから奪うに等しい。本当に大きな罪です。
私たちは民間の団体ですから、療養費の給付を、永久に続けられるわけではありません。あくまでも、国の恒久的な制度ができるまでの橋渡し的存在です。厳しい状況が続いていますが、小児甲状腺がんの患者やその家族が正当な補償を受けられるようになるまで、精一杯のことをしていきたと思います。
≪こどけんより5号より≫ インタビュー◎片山幸子(編集者)
■ 申請についての詳細はこちら
http://www.311kikin.org/benefit
2016年11月、福島民報の朝刊に、療養給付事業「手のひらサポート」の全面広告を出しました。 |