※「子どもたちの健康と未来を守るプロジェクト」発行の「こどけん通信3号」より転載。
*注1 今中哲二編『チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書―』(1998年、技術と人間 )48&54頁。残念ながらこの本は絶版になっていますが、図書館で読むことができます。
*注2 ヒューマンライツ・ナウ編『国連グローバー勧告―福島第一原発事故後の住民がもつ「健康に対する権利」の保障と課題』(2014年、合同出版)29&43頁。
松井 英介(まつい・えいすけ)
1938年生まれ。専門は放射線医学・呼吸器病学及び肺がん学。元岐阜大学医学部放射線医学講座助教授。現岐阜環境医学研究所及び座禅洞診療所所長。自然環境生態系破壊の調査・研究・回復のための諸活動を行う。2011.3.11以降、「脱ひばく」を掲げ、いのちと健康を守るために活動。2015年9月「乳歯保存ネットワーク」を設立した。著書に、『見えない恐怖-放射線内部被曝』(2011年)旬報社、『脱被ばくいのちを守る』(2014年)花伝社、など。
東電福島第一原発大惨事は、あまりにも大きな心身の苦難を子どもたちにもたらしました。この先どうなるのだろう、何が起こるのだろう、私の選択は正しかったのだろうか……。
それまで考えてもみなかった、想像をはるかに超える事態に、私たちは、自らの地域や日本社会が抱えるさまざまな問題に直面することになりました。
子どもたちのいのちを守ること、それがすべての前提であり、私たちおとなの責任です。
乳歯から内部被ばくを追跡する
大気圏内核実験が盛んに行われた1950〜60年代、日本各地でも放射性降下物の調査が行われました。核実験で放出された放射性物質は気流に乗って地球全体に運ばれたのです。実験場に近い日本列島は、気流や海流の影響を強く受けました。放射性物質は呼吸や食べ物とともに私たちのからだに入ってきました。
カルシウムとよく似た人工放射性物質ストロンチウム−90は、草や土を汚染し、母牛を介して牛乳に取り込まれ、乳児たちの歯や骨に入ったのです。母乳ではなく、粉ミルクで育った子どもたちがいちばんたくさんのストロンチウム−90を取り込むことになりました(図1)。
アメリカ合衆国のお母さんや研究者たちは、乳歯中のストロンチウム−90の増加につれて、子どものがんや白血病が増えていることを明らかにしました。それが大気圏内核実験を止めさせる力となったのです。
スイスのバーゼル州立研究所では、1950年から乳歯に含まれるストロンチウム−90の測定を始め、今年で67年になります(図2)。
私たちは、日本の子どもたちの乳歯を、何回かに分けて、バーゼル州立研究所に運びました。マルクス・ツェーリンガー所長はじめ研究所のみなさんは、まったくボランティアで、すでに二百数十本の乳歯を調べてくださっています。
その結果、同じ方法で測定したスイスの子どもたちの乳歯測定結果と比べ、日本の子どもたちの結果はより高い傾向を示しました。その原因解析は今後の課題です。
ストロンチウム−90の多くは、お母さんのお腹のなかで胎児に取り込まれますので、2011年3月の原発災害以降に生まれた子どものたちの、これから抜ける歯を調べることが大切です。
チェルノブイリの経験から学ぶ
1991年「チェルノブイリ法」が、ウクライナ、ベラルーシそしてロシアでそれぞれ法制化されました。各国は年1ミリシーベルトを超える追加被ばくを余儀なくされる地域を被災地として、移住の義務・権利などを定めました。
この実効線量年1ミリシーベルトは、各核種による土壌汚染の密度をもとに定められています(表1)。同法制定の前年1990年11月、ICRP(国際放射線防護委員会)が平常時公衆の被ばく限度を『年1ミリシーベルト』と定めた1990年勧告を基にしています。
それまで考えてもみなかった、想像をはるかに超える事態に、私たちは、自らの地域や日本社会が抱えるさまざまな問題に直面することになりました。
子どもたちのいのちを守ること、それがすべての前提であり、私たちおとなの責任です。
乳歯から内部被ばくを追跡する
大気圏内核実験が盛んに行われた1950〜60年代、日本各地でも放射性降下物の調査が行われました。核実験で放出された放射性物質は気流に乗って地球全体に運ばれたのです。実験場に近い日本列島は、気流や海流の影響を強く受けました。放射性物質は呼吸や食べ物とともに私たちのからだに入ってきました。
カルシウムとよく似た人工放射性物質ストロンチウム−90は、草や土を汚染し、母牛を介して牛乳に取り込まれ、乳児たちの歯や骨に入ったのです。母乳ではなく、粉ミルクで育った子どもたちがいちばんたくさんのストロンチウム−90を取り込むことになりました(図1)。
アメリカ合衆国のお母さんや研究者たちは、乳歯中のストロンチウム−90の増加につれて、子どものがんや白血病が増えていることを明らかにしました。それが大気圏内核実験を止めさせる力となったのです。
スイスのバーゼル州立研究所では、1950年から乳歯に含まれるストロンチウム−90の測定を始め、今年で67年になります(図2)。
私たちは、日本の子どもたちの乳歯を、何回かに分けて、バーゼル州立研究所に運びました。マルクス・ツェーリンガー所長はじめ研究所のみなさんは、まったくボランティアで、すでに二百数十本の乳歯を調べてくださっています。
その結果、同じ方法で測定したスイスの子どもたちの乳歯測定結果と比べ、日本の子どもたちの結果はより高い傾向を示しました。その原因解析は今後の課題です。
ストロンチウム−90の多くは、お母さんのお腹のなかで胎児に取り込まれますので、2011年3月の原発災害以降に生まれた子どものたちの、これから抜ける歯を調べることが大切です。
チェルノブイリの経験から学ぶ
1991年「チェルノブイリ法」が、ウクライナ、ベラルーシそしてロシアでそれぞれ法制化されました。各国は年1ミリシーベルトを超える追加被ばくを余儀なくされる地域を被災地として、移住の義務・権利などを定めました。
この実効線量年1ミリシーベルトは、各核種による土壌汚染の密度をもとに定められています(表1)。同法制定の前年1990年11月、ICRP(国際放射線防護委員会)が平常時公衆の被ばく限度を『年1ミリシーベルト』と定めた1990年勧告を基にしています。
表2では、「幼児食品」を別項として、その許容濃度が厳しく定められていることにご注目ください。
年20ミリシーベルトまでなら住民を帰そうという日本政府とは、考え方が、根本的に異なります。
国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバーさんもその勧告のなかで「チェルノブイリ法」を引用し、「一般市民の放射線被ばく限度は年間1ミリシーベルトである」とし、「意思決定プロセスに、住民、とくに社会的弱者が効果的に参加できることを確実にするよう、日本政府に要請する」と結んでいます。
胎児や子どもの内部被ばくを知る
福島原発事故から6年。日本ではどうなっているのでしょう。
東北大学の研究者は、動物の乳歯や骨などに蓄積する人工放射性物質について、ブタ、野生ネズミ、サルを調べ、とくに若い動物の歯にストロンチウム−90が顕著に蓄積していることを明らかにしました。その値は高濃度汚染地ほど高くなっています(図3)。
同じようなことがヒトにも起こっている可能性があり、そのことを私たちはたいへん心配しています。
ところが日本政府は、食品の安全基準値として、セシウム−137から放出されるガンマ線測定値(ベクレル/ )だけを示しています。ストロンチウム−90については定めていません。乳歯ストロンチウム−90の測定は、日本政府も「福島県県民健康調査検討委員会」も行っていません。同委員会では歯を測定するよう提案がありましたが、まだ実現していません。
国策として原発を推進してきた日本政府には、3.11原発大惨事を招き、その結果子どもたちのいのちと未来を危機に晒している責任があります。原発大惨事が自然・生活環境にまき散らした各種の人工放射性物質を丁寧に調べ、放射線による健康影響がわかるようにする。この調査活動は、本来、日本政府がやるべきことです。
大切なのは予防原則です
乳歯は、胎児や子どもの内部被ばくを知るうえで、きわめて重要な根拠となる試料です。乳歯の測定によって、ストロンチウム−90がどのくらい体内に取り込まれているかがわかります。乳歯を捨てないでとっておきましょう。
そして私たちは、その測定データをもとに話し合い、子どもたちのいのちと健康を守り、病気の予防に役立てたいと考えています。
大切なのは、予防原則です。
一次予防は、子どもたちをこれ以上被ばくさせないこと。環境や食生活への配慮・改善で、今まで以上の蓄積を防ぐことです。流通する食品のストロンチウム−90の濃度を調べ、汚染の少ない食品を摂ることができるようにしなければなりません。そのためには、政府と地方自治体が移住の権利を保障し食品の安全を確保する社会的システムを組み上げるように、粘り強く働きかけなけなければなりません。
二次予防は、子どもたちが病気にならないようにすることです。精度の高い検診システムで、病気をはやく見つけ、適切な治療によって子どもたちのいのちを守ることです。
私たちは、まず東海地方で、年内に乳歯の測定ができるように準備中です。子どもたち一人ひとりの乳歯に含まれるストロンチウム−90が測定できるよう、その経験を全国各地で生かせるようにと考えています。「乳歯保存ネットワーク」のサイトもぜひご覧ください。 http://pdn311.town-web.net/
年20ミリシーベルトまでなら住民を帰そうという日本政府とは、考え方が、根本的に異なります。
国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバーさんもその勧告のなかで「チェルノブイリ法」を引用し、「一般市民の放射線被ばく限度は年間1ミリシーベルトである」とし、「意思決定プロセスに、住民、とくに社会的弱者が効果的に参加できることを確実にするよう、日本政府に要請する」と結んでいます。
胎児や子どもの内部被ばくを知る
福島原発事故から6年。日本ではどうなっているのでしょう。
東北大学の研究者は、動物の乳歯や骨などに蓄積する人工放射性物質について、ブタ、野生ネズミ、サルを調べ、とくに若い動物の歯にストロンチウム−90が顕著に蓄積していることを明らかにしました。その値は高濃度汚染地ほど高くなっています(図3)。
同じようなことがヒトにも起こっている可能性があり、そのことを私たちはたいへん心配しています。
ところが日本政府は、食品の安全基準値として、セシウム−137から放出されるガンマ線測定値(ベクレル/ )だけを示しています。ストロンチウム−90については定めていません。乳歯ストロンチウム−90の測定は、日本政府も「福島県県民健康調査検討委員会」も行っていません。同委員会では歯を測定するよう提案がありましたが、まだ実現していません。
国策として原発を推進してきた日本政府には、3.11原発大惨事を招き、その結果子どもたちのいのちと未来を危機に晒している責任があります。原発大惨事が自然・生活環境にまき散らした各種の人工放射性物質を丁寧に調べ、放射線による健康影響がわかるようにする。この調査活動は、本来、日本政府がやるべきことです。
大切なのは予防原則です
乳歯は、胎児や子どもの内部被ばくを知るうえで、きわめて重要な根拠となる試料です。乳歯の測定によって、ストロンチウム−90がどのくらい体内に取り込まれているかがわかります。乳歯を捨てないでとっておきましょう。
そして私たちは、その測定データをもとに話し合い、子どもたちのいのちと健康を守り、病気の予防に役立てたいと考えています。
大切なのは、予防原則です。
一次予防は、子どもたちをこれ以上被ばくさせないこと。環境や食生活への配慮・改善で、今まで以上の蓄積を防ぐことです。流通する食品のストロンチウム−90の濃度を調べ、汚染の少ない食品を摂ることができるようにしなければなりません。そのためには、政府と地方自治体が移住の権利を保障し食品の安全を確保する社会的システムを組み上げるように、粘り強く働きかけなけなければなりません。
二次予防は、子どもたちが病気にならないようにすることです。精度の高い検診システムで、病気をはやく見つけ、適切な治療によって子どもたちのいのちを守ることです。
私たちは、まず東海地方で、年内に乳歯の測定ができるように準備中です。子どもたち一人ひとりの乳歯に含まれるストロンチウム−90が測定できるよう、その経験を全国各地で生かせるようにと考えています。「乳歯保存ネットワーク」のサイトもぜひご覧ください。 http://pdn311.town-web.net/
*注1 今中哲二編『チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書―』(1998年、技術と人間 )48&54頁。残念ながらこの本は絶版になっていますが、図書館で読むことができます。
*注2 ヒューマンライツ・ナウ編『国連グローバー勧告―福島第一原発事故後の住民がもつ「健康に対する権利」の保障と課題』(2014年、合同出版)29&43頁。
松井 英介(まつい・えいすけ)
1938年生まれ。専門は放射線医学・呼吸器病学及び肺がん学。元岐阜大学医学部放射線医学講座助教授。現岐阜環境医学研究所及び座禅洞診療所所長。自然環境生態系破壊の調査・研究・回復のための諸活動を行う。2011.3.11以降、「脱ひばく」を掲げ、いのちと健康を守るために活動。2015年9月「乳歯保存ネットワーク」を設立した。著書に、『見えない恐怖-放射線内部被曝』(2011年)旬報社、『脱被ばくいのちを守る』(2014年)花伝社、など。
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