2016年6月12日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160612/ddm/001/070/143000c
昨年のノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさんの著書に「チェルノブイリの祈り」がある。30年前の原発事故に翻弄(ほんろう)された人たちの声を収めた▲作家は過去の出来事を聞き取りながら、こう感じたという。「私は未来のことを書き記している……」。そして福島の事故は起きた▲本の中に、放射能で汚染されたベラルーシの村に一人とどまるおばあさんが出てくる。「二度ともどらないつもりで出ていったものは一人もおりません」。寂しくなると墓地に行き、母や夫に話しかける。「ここに放射能なんかあるもんかね。チョウチョがとんでるし、マルハナバチもぶんぶんいってるよ」。彼女はそう言って泣いたが、この先も村を出ようとは考えていない▲写真家、本橋成一(もとはしせいいち)さんの写真集「ナージャの村」もチェルノブイリ事故で汚染された故郷に残る農民たちを写した作品だ。ある高齢の女性が飼っているヤギにいとおしそうに語りかける。「シロや、シロや。乳しぼりをするかい。餌は食べたかい。シロや、わたしのシロ」▲村人は原発事故の前と同じように暮らし続けている。ジャガイモやソラマメを育て、若者の結婚式を祝う。彼らの表情は生き生きとしている。放射能への不安があっても、ここでの生活を選んだことの意味を思う▲福島県葛尾村(かつらおむら)できょう、一部区域を除いて避難指示が解除される。帰るのか、帰らないのか。その判断を迫られること自体の理不尽さ。ベラルーシの村でも葛尾村でも、土地に根付いた暮らしが脈々と営まれてきた。それは原発が造られるはるか昔からのことだ。
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