2016年6月11日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160611/ddl/k06/040/071000c
山形市嶋北1の「MOVIE ON やまがた」で11〜17日、ドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」が県内で初めて公開される。2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故に翻弄(ほんろう)された福島県須賀川市の農家を描いた作品。井上淳一監督(50)に思いを聞いた。【光田宗義】
−−どのような映画ですか。
11年3月24日、福島第1原発から約65キロ離れた須賀川市の農家、樽川久志さん(当時64歳)が命を絶ちました。農作物の出荷停止のファクスが届いた翌日に、絶望して。映画は、残された妻美津代さん(66)と息子の和也さん(40)の家を首都圏の16〜23歳の学生11人が訪れ、話を聞くドキュメンタリーです。全86分のうち、80分は和也さんが話すというイレギュラーな作品です。
−−学生を聞き手とした理由は。
一番心の柔らかい年齢の子たちを連れて行きたいと思いました。福島で生の声を聞かせたい。どういう化学反応が起こるのだろうと思いました。
−−印象に残ったやり取りは。
学生の一人が「うちの母は、福島産の野菜を買わない。そういう人たちに何か伝えたいことは」と和也さんに聞いた場面です。その学生は質問を用意していたというから、罪悪感を持っていたのでしょう。和也さんは「気持ちは分かる。風評被害とは根も葉もないことだが、これは根も葉もある。風評ではなく、現実だ」と言うんです。率直にそんな質問をするのは難しいことで、僕はびっくりしました。和也さんも率直に返してくれました。
−−東京や福島などでは上映されていますが、観客の反応は。
「私たちは何も知らなかった。伝えてくれてありがとう」という声が多かったことに驚きました。福島の人たちは上映後、僕に思いを語ってくれました。「私も郡山で農業をしていて、人ごとではない」と言う人もいました。普段は、黙して語らない人たちだと思います。映画の中で、和也さんは何度か沈黙します。「沈黙をちゃんと撮りたい、そこに福島の声があるんじゃないか」と感じていましたが、本当に「沈黙の声」はあった。福島で暮らす人の数だけその声があります。
−−大震災から5年という節目も背景にあるのでしょうか。
全くありません。和也さんも同じ考えですが、5年なんて節目でも何でもありません。月日が流れただけで、今なお、山形の隣の県で、誠実に農業をやっている人がこれほど心を痛めていることを知ってほしい。「人は忘れてしまう、聞き手の学生たちも同じなんじゃないの」という意見もありました。もしそうだとしても、それでいいじゃないかと。知らなければ何も始まらない。ほんの少しでもひっかき傷ができて、1人でもその傷が時々うずいてくれればいいと思います。
−−タイトルに込めた思いは。
放射性物質で汚された大地を受け継がざるを得なくなったのは、農家だけなのでしょうか。僕もずっと原発を見て見ぬふりをしてきました。この国には多くの原発があります。大地とは、そこに込められた歴史、記憶であり、国土全て。それを受け継ぐのは我々全員です。
■人物略歴
いのうえ・じゅんいち
1965年生まれ、愛知県出身。90年に映画監督としてデビュー。代表作は「戦争と一人の女」(2013年)など。太平洋戦争末期、福島県で原爆製造用のウラン採掘に関わった家族4代の姿を描いた映画「あいときぼうのまち」(13年)、「パートナーズ」(10年)の脚本も手掛けた。
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