2016/06/06

(核リポート)被曝か、ストレスか 見えない健康影響/チェルノブイリ

2016年6月6日 朝日新聞デジタル
http://digital.asahi.com/articles/ASJ5V3CLTJ5VULBJ002.html?rm=766

◆チェルノブイリ特別編:2
チェルノブイリ原発事故から30年経っても、事故による健康影響については分からないことが多い。放射線被曝(ひばく)以外にも、事故によるストレスなどのリスクがある。一方、避難者らへの支援策が、地域の健康管理に役立った面もあった。

「1987年から体調は悪くなっているよ。最近は眠れないんだ」。ニコライ・ゾスモフスキーさん(64)は、ベラルーシ南部ゴメリ州にある国立放射線医学人間環境研究センターの一室のベッドでそう語った。事故当時軍隊に所属していたというゾスモフスキーさんは事故後、高線量下で4日間、収束作業にあたった。「頭痛もあるし、心臓も悪いし、高血圧にも悩まされているよ」

作業員や避難者、汚染地域住民の間で、甲状腺がん以外の固形がんや心臓病、免疫系の疾患、胎児の奇形など様々な異常が起きているという報告が、ウクライナやベラルーシの政府、民間の医師、科学者らから出ている。

特に高い線量を浴びた作業員については、白内障のリスクが高まっている可能性が判明。最近の研究では、白血病の発生も多いことが分かった。

一方、ウクライナ国立放射線医学研究センターのアナトリー・チュマック教授(69)は「被曝(ひばく)の心配をするより、たばこなどの悪い習慣をやめて、幸せになった方がいい」と笑い飛ばす。86年に医師として事故現場付近で収束作業員らの健康管理に関わったが、ウクライナ人男性の平均寿命を5歳近く上回っても、現役の教授でかくしゃくとしている。

被曝よりもストレスが問題――。世界保健機関(WHO)や、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)などの国際機関の報告書では、こうした見方が支配的だ。被曝そのものによる健康影響には抑制的な評価で、「統計的に有意な増加は確認されていない」などとしている。

国際的には、事故直後に汚染された牛乳を飲んだ子どもらに多発した甲状腺がんについては、被曝の長期的影響として意見が一致する。だが、多くの人は元々の被曝線量がはっきりと残っていないことなどから、被曝と健康影響の関連を評価するのは難しいのが現実だ。

ただ、放射線安全の問題に詳しいウクライナ国立戦略研究所のオレグ・ナスビット上席研究員(61)は、「被曝より精神的な影響の方が大きい」という見方に同意した上で、こう批判した。「当時のソ連は事故のことを秘密にした。情報を出していれば、被曝は10分の1にできただろう」。こうした「避けられた被曝」も多くの人に苦難を強いた。

一方、事故の影響は「負」ばかりとも言えない。

ゾスモフスキーさんが入院していたベラルーシ国立放射線医学人間環境研究センターの別の棟では、免疫科のオリガ・セルデュコワ医師(41)が子どもの診察をしていた。汚染地域に住む子どもたちの医療費は無料だ。「この権利は、子どもの健康管理のためにとても役に立っています。安価でいい医療が受けられるからです」

子どもを診察するオリガ・セルデュコバ医師
=3月31日、ベラルーシ・ゴメリ州、杉本康弘撮影

ウクライナでも同じような話を聞いた。キエフ郊外のブルシーリフ中央区立病院。

「事故による『いい影響』? 確かにそれもありました」。小児科のテチャーナ・チョルナさん(55)は慎重に話す。病院は、同地区に事故の避難者が大量にやってきたことを受けて、2001年に設立された。「統計データはありませんが、地区に病院ができたことで、周辺の八つの村にとって、社会的インフラが大きく改善されました」

ウクライナ国立放射線医学研究センター長のドミトリー・バジーカ教授(63)も指摘する。「日本も、被爆者は平均寿命が長い。それは医学的な援助も大きかったからだ」

近年は国の財政難が深刻になり、支援制度の存続が危うくなっている。「国のチェルノブイリ基金が使えなくなり、避難者らが頻繁には病院に来なくなりました。今年は注射器1本分の補助しかないでしょう」。中央区立病院のラリーサ・ドルピーゴ副院長(46)は危機感をあらわにする。「今の医療支援体制はどん底で、事態はもう『悪化した』とすら言えません」 (小坪遊)


こつぼ・ゆう 東京本社科学医療部記者。2005年入社。松山総局、京都総局などをへて、15年5月から現職。13年4月から14年4月までは福島総局員として、東京電力福島第一原発事故後の廃炉作業や除染などの取材にも関わった。

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