2015年03月21日 週プレニュース
http://wpb.shueisha.co.jp/2015/03/21/45410/
昨年5月、『ビッグコミックスピリッツ』のマンガ『美味しんぼ』で、福島第一原発や福島各地を取材で訪れた主人公らが、東京へ戻ってから鼻血を出す描写をしたところ、あり得ないとの声が出版元に殺到。
『美味しんぼ』鼻血問題として大バッシングが繰り広げられ社会問題ともなった。
この描写には、安倍首相をはじめとする政治家も根拠のない風評だと批判。被曝と鼻血をめぐる一大騒動に発展した。
しかし、そもそも被曝で鼻血は本当にあり得ないのか? まず放射線防護学の専門家ふたりの意見を聞こう。
「内部被曝で鼻血が出やすくなる知見は知らないし、低線量被曝でも考えられません。鼻血が出たとすれば、数百ミリシーベルトの被曝を伴う取材活動に従事したか、鼻粘膜にベータ線を発するホットパーティクル(高濃度の放射性微粒子)が付着して局所的な被曝を与えたか。しかし、もし福島で鼻血が出るほどホットパーティクル濃度があれば、放射線計測学的方法で検出可能なはず」(立命館大学名誉教授・安斎育郎氏)
もうひとりは、日本大学歯学部准教授・野口邦和氏。
「全身が急性症状を発症するような高線量の被曝をすると造血臓器が障害され、血小板が減少して吐血や皮下出血などをはじめとする出血を生じます。ですが、被曝で鼻血だけが起こることはないし、低線量被曝で鼻血が出ることもあり得ません。低線量内部被曝で鼻血が起こりやすくなるなどという説は、放射線関係の学会で発表されたこともなく、まともな査読を受けた学術誌に掲載されたこともない『珍説』です」
ふたりとも「低線量被曝で鼻血はあり得ない」との結論だ。
だが、広島に原子爆弾が落とされた時に現場で医療活動を行ない、以来約6千人の被曝患者を診てきた医師、肥田舜太郎氏は「低線量被曝で鼻血はあり得ないとする学者は被曝者のことを知らないだけ」と切り捨てる。
「内部被曝をすると血液を通じて全身中に放射性物質が運ばれ、どこか止まったところで放射線を出し続けます。症状には個人差があり、今の医学では大ざっぱにしかわからない。それなのに鼻血が出ないと断定できるほうが不思議です。
軍事機密となっている米国の放射線医学データなどを使って低線量被曝の研究をしたアーネスト・スターングラス博士に話を聞いたことがありますが、やはり内部被曝や低線量被曝の人体への影響は十分に考えられると警鐘を鳴らしていました」
被曝に対する個人差として肥田氏は自ら診察したケースを例に挙げる。
「ふたり並んでいた高校生が原爆の放射能を一緒に浴びました。ひとりは3日後に亡くなり、もうひとりは少なくとも60歳まで生きていたのです」
確かに放射線への耐性が個々に違えば、低線量被曝で鼻血などの体調不調を訴える人がいてもおかしくない。第一、低線量被曝の影響はまだわからないことが多い。将来、がんになるかどうかも個人差が大きいため「確率的影響」と呼ばれるほどだ。
それに、現在の科学では被曝量によってなんらかの症状が出る閾値(いきち)があるのかさえはっきりしていない。100ミリシーベルト以下の被曝で障害は出ないとする学者がいる一方、国が白血病を労災認定する基準はわずか「5ミリシーベルト×従事年数」。毎時1.15マイクロシーベルト以上の土地に住んでいたら、この基準に当てはまってしまう。
肥田氏以外にも鼻血の出る可能性は否定できないと指摘する臨床医はいる。小児科医の山田真氏だ。
原発事故後、東京在住の人からよく鼻血に関して電話で相談を受け、2011年6月に福島で健康相談会をした際には、鼻血と下痢の症状を訴える人が多かったという。
「放射線障害の全容がまだわかっていないなかで軽々しくは言えませんが、鼻血が出ないとも断定はできないのではないか。メカニズムはわからないが、あり得る現象だとは思います。放射線に対して感受性の強い人もいることを考えれば、原発事故後になんらかの症状が出ても不思議ではありません」
その上で山田氏は、きちんと調査をすべきと訴える。
「私は2011年3月から11月にかけて福島、北海道、福岡の全6地区の小学1年生2228人を対象に、どれだけの子供が鼻血を出したのか調べました。結果、福島が高いとは言えませんでしたが、問題はその程度の調査すらした人がいないことです。
甲状腺がん検診にしても、福島以外でも実施すれば対照ができる。それをやらずに福島の子供から84人の甲状腺がんが見つかったのは県内の子供を一気に幅広く検査をした『スクリーニング効果』だといっても説得力がありません。きちんと調べたらまずい理由でもあるのでしょうか?」
確かに、本来なら国や行政がきちんと調べるべきことだ。それが置き去りになったまま、福島の安全PRだけが進んでいるようにも思える。その最たるものが年間20ミリシーベルトまでの被曝を許容する住民帰還政策だろう。
放射線を仕事で扱う人たちが適用される法令には、妊婦の被曝は1ミリシーベルトまでと定められている。ところが国は今、福島だけでは老人も妊婦も子供も一律に年間20ミリシーベルトまでの地域には帰還させ住まわそうとしている。
医学博士で福島原発事故の国会事故調メンバーを務めた崎山比早子(ひさこ)氏が警鐘を鳴らす。
「年間20ミリシーベルトも浴びれば将来、がんになる可能性があります。ところが政府や専門家らは100ミリシーベルトまでは安心だと誤った情報を流し、汚染地に住む人たちを安心させようとしている。
英国では自然放射線の高い地域で積算5ミリシーベルト以上被曝した小児の白血病発症率が高まり、オーストラリアではCT検査を受けた68万人のうち4.5ミリシーベルト以上の被曝をした人の発がん率が1.24倍に増えています」
肥田氏は「20ミリシーベルトは理屈から言えば殺人。被曝させておいて、あとはオレの前で死ななければいいよ、ということ」と、厳しい口調で非難する。
また、先に低線量被曝で鼻血は出ないと論じた安斎氏、野口氏ですら国の施策には批判の目を向ける。
「年間20ミリシーベルトは非常に高い被曝レベル。年間1ミリシーベルト以下であっても、『より低く』を目指して被曝によるリスクの極小化を図ることが不可欠です」(安斎氏)
「今年、来年あるいは3年後をどういう線量以下にするのかの『参考レベル』を国が打ち出さず、曖昧(あいまい)なままに除染が進められ、避難指示が解除されていることが一番の問題点なのです」(野口氏)
このように被曝と鼻血の問題では、学者の見解もわかれているのが実情だ。だからこそ、鼻血と被曝をめぐる問題をタブー視するのではなく、大規模な調査を行なったうえで、科学的な議論をすることが必要なのだ。
(取材・文・撮影/桐島 瞬)
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