2015/03/03

放射能は300年消えず。食品汚染の今 原発事故から4年、あの問題は…

AERA 2015年3月9日号
http://dot.asahi.com/news/domestic/2015030200044.html


危機感が薄まりつつあった中、汚染は終わっていないという事実をまた突きつけられた。私たちは、食品のリスクとどう向き合えばいいのか――。(編集部・野村昌二)

約900グラムの玄米を、容器に詰め、ベラルーシ製の放射線測定器にセットする。30分後に出た放射性セシウムの判定は、「限界未満」。測定器の検出限界値(1キロ当たり6.62ベクレル)を下回った。この米を持ち込んだ、5歳の長女がいる女性(45)は、判定結果を見て少し表情を和らげた。「少なくとも自分の目で確かめたので、納得して子どもに食べさせられます」

●広い範囲で基準値超え

玄米は2014年福島県産米で、女性が福島の知人からもらった。2月下旬、東京都西東京市にある市民放射能測定所「にしとうきょう市民放射能測定所あるびれお」に持ち込んだ。

福島県産米は全量全袋検査をし、基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超えたものは市場に流通していない。福島県が2月末までに調べた14年産米の約1090万袋すべてで、基準値超えはなかった。それでも女性は、不安を感じて持ち込んだという。

11年3月。東京電力福島第一原発事故により、84京(けい)ベクレル(京は兆の1万倍)もの放射性物質が大気中に放出された。これはチェルノブイリ原発事故(1986年)による放出量の16%余に当たる。人々の間に食品の放射能汚染への不安が一気に広がり、水や食べ物に対する関心が高まった。

事故から4年経ち、人々の関心は薄まっているように見えていたが、2月下旬、2号機原子炉建屋から、放射性物質を含む雨水が排水路を通じて海に流出していたことが明らかになった。東電は昨年5月頃、排水路での値が他の調査地点より高いことに気付いていながら十分に対策を講じず、公表もしていなかった。これに対し、地元漁業者からは「情報隠しだ」などと批判が相次ぎ、信頼関係を揺るがす事態になった。

いま、食べ物に含まれる放射性物質はどうなっているのだろうか。

放射性物質の半減期を踏まえると、この4年間で、空間線量は56%減少した。しかし、いまだに食べ物からは、東日本の広い範囲で基準値を超える値が検出されている。厚生労働省の集計では、昨年4月から今年1月の間に東日本17都県で約27万件を検査。基準値を超えたのは、0.17%の456件だった。
 
左の表は、そのうち東北地方を除いた主な品目を一覧にしたものだ。同じ品目の場合は、最も高い数値を記載した。大半は、ジビエや野生のキノコ、淡水魚だ。東北地方は、スズキやカレイなど海水魚に基準値超えが出ているが、それ以外はほぼ同じ傾向にある。最も高い値は、古くから食用とされるキノコのチャナメツムタケで、基準値の15倍となる1500ベクレルを検出。昨年10月に長野県佐久市の山林で採取された。

●安全・安心への不信感

地域別に見ると、原発に近い栃木県や群馬県がやはり多い。だが、昨年10月には、原発から300キロ以上離れた静岡県富士市で、キノコのハナイグチから360ベクレルの値のセシウムが検出された。今なお、原発から遠く離れた場所でも基準値超えを検出される産品があるのは、なぜなのか。

独立行政法人「森林総合研究所」(茨城県つくば市)のきのこ・微生物研究領域長の根田(ねだ)仁さんは、こう説明する。

「山林の土壌はセシウムを吸着・保持する性質があるため、森林内に分布する放射性セシウムのうち森林外へ流出する量はわずかです。自然の減衰をのぞけば森林内にとどまっている。その上、キノコはセシウムを吸収しやすい性質をもっているためと考えられます」

そして、そのキノコを食べたシカやクマ、イノシシなどが汚染される……。基準値超えの品目は、出荷も販売もされないことになっている。しかし、いくら「安全」と言われても「納得できない」という人は少なくない。特に、行政が発信する「安全・安心」への不信感は根強い。

原発事故直後から、自社で扱う食べ物に含まれる放射能を測定している、宅配食品大手のオイシックス(東京)の品質管理部の冨士聡子部長は言う。「漠然とした不安を持ったお客さまは今でも少なくありません」

同社はベビー&キッズ商品の検出限界を1キロ当たり5~10ベクレルと低く設定し、放射性物質が全く検出されなかった食べ物だけを宅配している。

自治体による検査体制に問題があると指摘する研究者がいる。原発事故以後、食べ物などに含まれる放射能の測定を継続している東京大学大学院助教の小豆川勝見(しょうずがわかつみ)さん(環境分析化学)だ。

小豆川さんによれば、北関東の「道の駅」や自家野菜直売所などで販売されているキノコ類の放射性セシウムの濃度を検査すると、基準値を超えることは珍しくないという。この点について栃木県は、「月に一度、市町村ごとに食べ物の放射能検査を実施している。スーパーも道の駅も、体制は一緒です」(林業振興課)と、検査体制に不備はないと説明する。ではなぜ、基準値超えが検出されるのか。小豆川さんは、検査の「頻度」と「意識」の甘さを指摘する。「福島以外の自治体は食べ物の放射能検査の測定回数が少なく、基準値超えの食品が出るかもしれないという危機意識も低い」

●2万ベクレル超えも

土壌でも、これと似たような構図がある。小豆川さんによると、例えば、環境省のガイドラインにのっとって市内の空間線量率は基準値以下であることを確認したと、市が公式に発表していたとしても、公園の端っこの吹きだまりなどでは、ゆうに基準値を超える場所があるという。実際、昨年8月、東京23区内のマンションの排水溝にたまった汚泥などを測定したところ、2万ベクレルを超える場所があった。指定廃棄物となる国の基準(1キロ当たり8千ベクレル)をはるかに超える数値だ。だが、関係する役所に通達しても、一切対応はなかったという。「いくらオフィシャルでは『ちゃんとやっている』といっても、現実には抜け穴だらけ。この点は、放射能問題に関しては強く指摘できます」(小豆川さん)

放射能に汚染された土壌は、雨水で流され、湖沼や河川に入る。実際、栃木県の中禅寺湖では、サケ科のブラウントラウトから260ベクレルが検出された。そして、首都圏であれば多くが東京湾に流れ込むことになる──。そこに暮らす魚介類は安心なのか。

水産庁の14年度のデータでは、東京湾内で採れた魚介類はほとんどが「検出限界未満」。最高値となった旧江戸川河口部で採れたウナギも、基準値を大幅に下回る11ベクレルだった。

一見すると「安全」にも思えるが、水産物の汚染で本当に怖いのは、底土などの汚染が時間の経過によって魚や貝の体内に蓄積することだ。左の地図を見てほしい。

獨協医科大学准教授の木村真三さん(放射線衛生学)が昨年9月に調査した、東京湾に流れ込む主要河川の河口9地点の海底の土の放射性セシウムの濃度と、環境省が昨年7~11月にかけて実施した千葉、埼玉、東京の河川や湖沼の底土の測定結果を組み合わせたものだ。

東京湾の汚染を見ると、木村さんの調査では、最も汚染レベルが高かったのは、千葉県内を流れる花見川の河口で、1キロ当たり1189ベクレル。次いで荒川河口(398ベクレル)、木更津港内(162ベクレル)と続く。



●河口で高い汚染レベル

花見川河口の数値が高かったのは、上流にある印旛沼の影響が大きいと見られる。環境省の調査では、印旛沼の最も高い地点で760ベクレル。その汚染された泥が、河川に流れ込み海に流入したと考えられる。木村さんが測定した9カ所は、いずれも指定廃棄物となる基準の8千ベクレルは大幅に下回る。だが、木村さんは「漁場となっている河口域は、底土をさらって取り去るのが望ましい」と話す。「放射性物質の一つであるセシウム137の半減期は30年にわたる。そのセシウムが海水中に溶け出すことで、生物の中に放射性物質が蓄積する生物濃縮が起きていく」

魚や貝に取り込まれた放射性物質は、海水の濃度に比べて体内ではより高濃度になる。それが、「生物濃縮」と呼ばれる現象だ。海洋学者の故・笠松不二男さんが1999年に発表した論文によれば、海水での放射性セシウムの濃度を「1」とした時、アカガレイ44倍、ヒラメ68倍、カツオとブリは122倍……と魚の種類によって濃縮の度合いはさまざまだが、最大で100倍以上の濃縮が起きている。木村さんは言う。「危険なものに変わる可能性がある以上、今は海水の濃度が薄まっているから安心だと、果たして言えるかどうか疑問です」

●監視と教育が必要

セシウム137の放射能が1千分の1になるのは約300年後。放射能のリスクにどう向き合えばいいのか。木村さんは、引き続き「監視が必要」と話す。「ただ、国に対してここまで不信感が強まった以上、利害関係のない第三者機関が行うことが大切。そして、調べた情報をオープンにしていくこと」

前出の小豆川さんは「教育が必要」と説く。例えば、いくら基準値が100ベクレルと規定されていても、仮にスーパーで売っている食品に放射能測定結果として「1ベクレル」と表示されていれば、都内の消費者はまず買わないだろう。「ベクレル」の正確な意味がわからないからだ。だから、教育によって、その1ベクレルがどういうものなのか、きちんと判断できるようにすることが必要。そのためには、小中学校の段階で、放射線について基本的なところから教えることが大切だと訴える。

「事故から4年が経ち、遅きに失した感もあります。しかし、放射能のリスクに対する大きな枠組みを作る、いいタイミングだと思います」(小豆川さん)





















オイシックスで行われている、ゲルマニウム半導体検出器(左奥の円筒形の機器)を使った食品の放射能検査の様子(撮影/編集部・野村昌二)





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