2015/03/11

社説・二つの核を超えて/豊かさの意味を考え直す時だ

2015/03/11 神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201503/0007807872.shtml

家や土地を追われ、家族はばらばらに。原発事故から4年になる。12万人が古里を追われた福島県の現状は、70年前の戦時疎開と重なる。被爆国として核廃絶を訴える日本は有数の原発保有国だ。地震・火山国のどこに安全な場所があるというのか。核のごみの捨て場もない。それでも原発にこだわる理由は何か。

原爆投下と原発の暴走の二つの惨禍を知る日本だからこそ、今、立ち止まり冷静な判断を下したい。

佐藤麻由美さん(38)が、2人の子どもと故郷の東京を脱出したのはラベル東日本大震災の3日後である。福島で水素爆発が起こり、大量の放射性物質がまき散らされた。知人の在日米軍家族が避難すると聞き、幼い子どもを守らねばと思った。

その年5月に東京の自宅に帰った佐藤さん親子は体調を崩す。子どもは歯ぐきから、佐藤さんは毛穴から出血する異常に襲われた。「考えすぎだ」と言う両親の声に心は揺れたが、仮住まいの神戸に帰ると体調は戻った。東京での仕事を整理した夫の正彰さん(41)が合流し、新天地での生活が本格化する。

迷いを振り払ったのが、昨年5月の福井地裁判決だ。関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた。生存権を何よりも重視する画期的な内容である。原発の安全技術と設備は根拠のない楽観的見通しに基づく脆弱なものだとし、現実的、切迫した危険を認めた。250キロ圏は人格権侵害の具体的危険がある-。福島の事故で250キロ圏の住民に避難勧告の可能性が検討されたことを踏まえた。

東京は圏内に入る。佐藤さんは決断が間違いでなかったと思った。

【国民の生存権どこに】

事故から4年の福島では避難住民に疲労の色がにじむ。原発からの距離や区域指定の違いで、支払われる補償が違う。傷つき、孤立し、疎外感を深める。気持ちがばらばらになり、離散した家族もいる。生存権を脅かす厳しい状況が続く。

汚染水との果てしない闘い。専用港湾にとどまっていた水は外洋へ漏れ出した。除染で出た汚染土の搬入先は決まったが、中間貯蔵施設は期限30年の約束。大量の汚染土を再び最終処分先へ動かす見込みはあるのか。地権者は不信感を強める。

見過ごしにできないのは住民の健康問題である。県民対象の検診は3年間でデータが整ったとされる。だが、信頼性、評価の妥当性を疑問視する声がある。一例が甲状腺がんの評価だ。県民健康管理調査の検討委員会は昨年、子どもの甲状腺がんを具体的数字を示して公表した。子を持つ親にとって重大事である。

ところが、被ばくの影響ではなく、より踏み込んだ調査(スクリーニング)により潜在的異常が多く見つかった結果だとした。被ばくの影響が出るのはこれから先とみられ、言い切るのは早すぎないか。残留放射線被ばくの影響を過小評価する判断が働いているととられかねない。確かに、残留放射線との因果関係は分からないことが多い。検査のやり方を間違うと、集めたデータは信ぴょう性のないものになる。実態に誠実に向き合う姿勢が欠かせない。

被ばくの影響調査は70年前の原爆投下にさかのぼる。この間、解明されたことはごく一部という。原爆は連鎖的核分裂により全核種を一度に放出する。熱線、爆風、放射線など障害は多岐にわたる。原爆投下後、米国は初期放射線の被ばくだけを問題にし、降下物(死の灰)や降雨などによる残留放射線の影響を無視した。反人道兵器とみなされることへの警戒感とみられる。こうした考えがそのまま残留放射線の影響判断に反映されている。被爆者の認定申請に関わってきた郷地秀夫医師(神戸)の指摘だ。

【暴走は止められない】

福島の事故は、炉心溶融により圧力容器が破裂する恐れがあった。そのため強制排気(ベント)され、水素爆発も相次いだことで大量の放射性廃棄物が大気中に放出された。人体や環境への残留放射線の影響を調べるのは日本の責務だ。最悪の爆発こそ免れたものの、重大な惨禍に原爆も原発もない。

実際、二つは双子の兄弟である。核分裂の連鎖を瞬間的に行うか、コントロールしながら時間をかけて行うかの違いだ。核分裂は人間の能力をはるかに超え、原発の巨大化による核暴走の危険はつきまとう。

原子炉から生まれるプルトニウムが核爆弾に転用可能なことは知られる。核廃絶の取り組みと、どう整合させるか、政府の説明が要る。日本は原発輸出に積極的だが、核の潜在保有国と核のごみを拡散させる。ほかにやるべきことがある。

この土地に根を下ろし安心して生活できることが豊かさだ。神戸で山と海に囲まれる幸せを見つけた家族の平穏を乱すことはできない。


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