2016/08/16

平和をたずねて・核の傷痕 続・医師の診た記録/29 数分間で被ばく=広岩近広

2016年8月16日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160816/ddn/012/040/033000c


日本の高齢化率は先進国でも群を抜いて高いが、原発でも老朽化大国になった。1960年代に運転を始めたアメリカやドイツの原発が閉鎖されたことによる。長年稼働すれば故障やトラブルが発生しやすいため、老朽化した原発では「非破壊検査」が必須となる。配管の漏れや機器の損傷を検査するのだが、検査対象を破壊せずに行うことから、この呼び名がつけられた。検査に当たるのは専門の技能労働者で、原発の稼働を続けるうえで欠かせない存在になっている。


原発による被ばく労働者を診てきた村田三郎さんは語る。「専門職であっても下請け労働者です。放射線量が高く、配管が複雑に入り組んだ危険な場所で作業をしており、原発を渡り歩いて定期点検を行う下請け労働者ほど過酷です」


村田さんが労災認定を支援した一人に、非破壊検査に携わった喜友名(きゆな)正さんがいる。喜友名さんは97年9月から2004年1月までの6年4カ月間、全国の定期検査中の加圧水型原発(泊、伊方、高浜、大飯、美浜、敦賀、玄海)と六ケ所再処理施設で専門技術者として働いた。体調を崩して郷里の沖縄に戻ったが、05年3月に悪性リンパ腫のため53歳の若さで亡くなった。


「喜友名さんの累積被ばく線量は99・76ミリシーベルトです。統計が公表される01年度から03年度をみても、約8万8000人の労働者のなかで最も被ばく線量の高い100人に入るほどでした」


白血病以外で初めて労災認定された長尾光明さんの多発性骨髄腫と同様に、喜友名さんは多量の被ばくをしていた。無念の死を遂げたあと、妻の末子さんが大阪市の淀川労基署に労災を申請したが不支給の決定だった。このため原子力資料情報室などが「喜友名正さんの労災認定を支援する会」を結成した。村田さんは医師として、「悪性リンパ腫は白血病類縁性の疾患であり、放射性起因性もある」と指摘している。


「喜友名さんが検査したとみられる蒸気発生器細管は、放射線量がきわめて高い1次冷却水が高速で流れています。補修工事となると数分間だけ作業して交代しなければならず、延べ2万人から4万人の下請け労働者を動員する人海戦術をとっています。そんな現場で働いた喜友名さんは、放射線被ばくによる悪性リンパ腫で命を奪われたとしか考えられません」


村田さんらの共著「福島原発と被曝(ひばく)労働」(明石書店)で、末子さんは訴えている。<夫が大変な被曝にさらされていたということは、夫の死後、初めてわかったことです。原発の、国民の目に見えないところで働く業務の閉鎖性、秘密性が、夫のような原発被曝による労災を引き起こしたのではないでしょうか>


喜友名さんの労災申請は厚生労働省の検討会に付され、08年10月に淀川労基署は支給を決定した。村田さんは言った。「原発の稼働を進めるうえで定めた線量限度は、その危険性を受忍する我慢線量なのです」

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