2016/10/13

放射線への不安 家族・地域の分断 広くて深い傷に 福島県立医科大学教授・前田正治さん

2016年10月13日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJBF2W97JBFUBQU00K.html 

東京電力福島第一原発の事故から5年7カ月。福島の震災関連自殺は一向に減る気配を見せない。汚染されたふるさとの姿を自分に投影する被災者もおり、過酷な状況におかれた福島で、心の問題とどう向き合っていけばいいのか。福島県立医科大学で「災害こころの医学講座」教授を務める前田正治さんに聞いた。

■根拠ない偏見におびえる県民 苦悩を理解して

――震災から5年半がたちました。原発事故被災者の心の健康はどんな状態ですか。

「ゆっくりとした回復を示すデータと同時に、深刻な事態を示すような相反するデータもあり、二極化の様相を示しています。県内で避難指示が出た市町村に住んでいた21万人の健康調査を毎年行っていますが、うつ病の可能性がある人の割合は、2012年から4年間で14・6%から7・8%に下がりました。全国平均は約3%ですからまだまだ高いですが、減る傾向にはあります。ただ、岩手、宮城では急減した震災関連自殺は、福島では依然として多く、累計で80人を超えました。アルコール摂取に問題を抱える男性も2割前後で横ばいが続いています」

――原発事故は、心の健康にどう影響しているのでしょう。

「放射線への不安が広く深い負の影響を与えています。一つは、直接的な恐怖体験からくるストレス障害です。特に原発のそばに住み、何の準備もなく緊急避難を迫られた人々は、また恐ろしい事故が起きるのではないかと慢性的な不安が消えない。21万人調査では、事故後1年で22%、最近でも8%の人が心的外傷後ストレス障害(PTSD)のリスクが高いと判断されました。米同時多発テロの救急隊員の事故後3カ月のそれが約20%ですから、いかに高いか分かります」

「より深刻なのは、放射線被曝(ひばく)の遺伝的な影響を心配する被災者が、減ったとはいえ今なお4割近くいることです。原爆被爆者は遺伝的影響があるのではないかという根拠のないスティグマ(偏見)を非常に恐れ苦しみました。福島の方々も同様の偏見を恐れ、それが『結婚できないのではないか』『妊娠していいのだろうか』という不安に変わっています。実際、県外に避難している被災者の中には自分の出身を隠す方もいます」

「当初は感じていなくても、外部の人が偏見を持っていると分かると、それを自分に投影して、自信をなくしたり、落ち込んだりします」

「県外の方に十分考えてほしいのは、悪意のない一言にも、福島の人はとても敏感になっているということです。震災後3年目に支援団体が福島の子どもをキャンプに連れて行きました。子どもたちがキャンプ場で遊んでいると、地元の人が声をかけてきた。『かわいそうだね、放射能にまみれて。これを食べれば、放射線が抜けるから』とキノコを差し出した。子どもたちは最初はきょとんとしていましたが、ある子が『私たちは汚れてなんかいない』と泣き出しました。地元の人は悪意で言ったわけではないでしょう。しかし非常に傷つける言葉でした」

――放射線被曝の自己偏見は広がっているのですか。

「遺伝への不安は若年層に多いと推測していましたが、21万人調査では高齢者に高い。原爆や冷戦時代の核実験のイメージが生々しく残り、原発事故と原爆の悲惨なイメージが重なるのでしょう。欧米の研究者に『原爆の知見の蓄積があるのに、なぜこんなに不安がるのか』と聞かれますが、被爆国日本の特有のトラウマといってもいいかも知れません」

「甲状腺がんの検査も続けていますが、わずかでも異常を示すような結果が出ると、泣き叫ぶ親御さんがたくさんいます。担当医が『あんな苦しみを与える検査ならしたくない』と言うほどです。甲状腺がんは経過が良好ながんとして知られていますが、そうした科学的事実は慰めになりません。『あの時、水を飲ませなければよかったのか』などと、震災時を振り返り自分を強く責める親御さんも少なくない。甲状腺の問題を周囲がどう思うか、『子どもは結婚できないのではないか』と検査結果が漏れるのをとても恐れます」

――人々のイメージを変えるのは簡単ではないと思いますが、対策はありますか。

「科学的な根拠に基づいた知識を普及させると同時に、偏見を恐れる人たちの苦悩を理解することがとても大切だと思います。福島の人々はこうした不安を声に出して訴えることはありません。だからこそ我々研究者、支援者が伝えていく必要があります」

――なぜ、福島だけ震災関連自殺が減らないのでしょう。
「震災の年の関連自殺は宮城、岩手、福島の順に多く、津波の死者数に比例し、震災の直接的な影響と思われます。5年後も福島だけ突出して多いのは、原発事故の影響と考えざるをえません。福島の方々は郷土への愛着が強く、地域社会とのつながりがなくなることの喪失感は大変大きい。原発事故から時間がたち、当初は帰郷の希望を抱いていた人が希望を失いつつあります。地域社会との断絶が自殺の根底にあるのかもしれません。時間が経つにつれ地域社会の絆も弱まっています。我々の調査で、地域社会が持つ助け合い機能の低下が、人々の心の回復を妨げることもわかってきました」

「原因は一つではなく、経済的困難とかうつ病など様々な理由が積み重なった結果ですが、家族の分断の影響も大きいと考えています。自殺者を震災関連とそれ以外に分けて調べると、関連自殺は家族構造が震災後に変化している人が多い。放射線が不安な妻子は県外へ移り、父親は福島で単身生活する家族もいます」

――どんな支援をしていますか。

「21万人調査で判明した健康へのリスクが高い人に対し、約15人のカウンセラーが電話し、詳しい様子を聞いています。ある高齢の女性被災者に電話したら、避難で地域とのつながりをなくし、『もういなくなってしまいたい』と繰り返し、食欲もなくなり、体重が減ったと話しました。臨床心理士が抑うつ状態と判断、自治体の保健師が訪問して安全確認を行いました。毎年4千人に電話します。電話を用いた、こんな大規模で継続的な被災者支援は、日本はもちろん世界でも報告がありません。ただ電話支援は限界もあり、保健所や心のケアセンターなど他の支援機関と適切な連携をとることがとても大切だと考えています」

――自治体職員も心の健康に影響が出ているようですね。

「復興に従事する人たちへの支援を緊急に考えなければなりません。最前線で住民を支える市町村の職員の疲弊は想像以上です。原発事故で深刻な被害を受けた沿岸部の自治体で面接調査をしたところ、うつ病を発症している人が実に2割近くいて、自殺の恐れがある人も少なくありませんでした。7割の人が睡眠障害で苦しんでいました。考えられないほど高い割合です」

――なぜそこまで悪化したのでしょうか。
「自分も被災者なのに、それを前面に出せず、住民の怒りを受け続けたのが大きい。『役場に鳴り響く苦情の電話の音が耳から離れない』と電話の音がトラウマになった人や、避難所ですさまじい罵声を浴び続けた職員がたくさんいます。忘れてならないのは、彼らもまた被災者で、今なお避難所生活を余儀なくされている人も多いことです。ただ自治体職員は、自ら悩みを訴え出ることはまずありません。住民が苦しんでいるのに自分の弱音は訴えられないといった心境です」

――対策はあるのでしょうか。

「被災地で自衛隊員や消防隊員の活躍が称賛されたように、身近で奮闘する自治体職員もリスペクト(相手を尊重すること)してあげてほしい。自治体職員にとっては、住民からの支持や感謝こそがエネルギーです。職員向けカウンセラーを常駐させるなどの具体策も重要です」

――5年たった福島で、これからどんな対策が必要でしょうか。

「原発事故では、甲状腺がんの発症など身体への健康被害に焦点が当たりますが、それと同じように、精神面の健康問題が重要だという認識を持って欲しいです。チェルノブイリ原発事故では、甲状腺がんなど身体的問題とともに、うつ病やPTSDなどの精神的な問題が極めて大きかったことが多数報告されています。福島での震災関連自殺の多さはその重大な警鐘だと考えています。睡眠やアルコールの問題、あるいは生活習慣病に関わる問題にも注意しなければなりません」

――どう向き合っていけばいいのでしょうか。

「県外の人には、福島の人々の苦悩を理解してほしいと思います。被災者の方々にまず理解して欲しいのは、放射線などの問題に対して不安を持つのは当然で、これ自体はまったく病ではありません。一方で、悩みが強くなったとしても、自分が弱いと思わず、周囲の人や支援機関に相談してほしいと思います」(聞き手・畑川剛毅)
「『福島は汚(けが)れている』という負のイメージを払拭するのは容易ではありません。
僕は逆ゴジラ効果と呼んでいます」=9月15日、福島市、仙波理撮影


福島県立医科大学教授・前田正治さん
■略歴
1960年生まれ。専門はトラウマ関連障害。2013年に久留米大准教授から転じた。ふくしま心のケアセンター副所長も兼ねる。

<アピタル:オピニオン・メイン記事>
http://www.asahi.com/apital/forum/opinion/

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