2016/10/11

小児科医 尾崎望さんインタビュー

2016年10月11日 カタログハウス
https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/161011/?sid=top_main 

「原発事故と健康の問題は、今後も続いていきます。同一方法で全国的な健康診断を実施し、記録を永年保存していくことが大切です。」
尾崎さんが会長を務める「京都民主医療機関連合会(京都民医連)」は、福島第一原発事故により福島県や関東から京都府下に”自主”避難してきた、事故当時18歳以下の子どもたちとその親を対象に、これまで5回の集団健康診断(以下、健診)を実施しました。なぜ健康診断を続けていく必要があるのかを伺いました。
(取材・文/中村純)




――京都民医連の避難者健診の概要と、目的を教えてください。

尾崎  2015年は甲状腺を調べるエコー(超音波)検査の機器を4台運び込み、65人が受診しました。避難者の数も減ってきているので実数の変化はありますが(14年は81人が受診)、これまで受診されたことのない方も来られました。

健診内容は、甲状腺エコー、血液検査、尿検査、診察です。スタッフは医師6人のほか、看護師、保育者、教員、弁護士、精神保健福祉士、小児発達相談員、キャリアカウンセラーなど総勢50人で構成されています。避難してきたことを周囲に話していないなど、プライバシーを心配される受診者もおられますので、守秘義務を守れる専門スタッフで運営しています。
2015年12月の京都民医連避難者集団健診甲状腺エコー検査の様子。

健診の5ヵ月前から避難者健診実行委員会を作り会議を重ねています。実行委員会の構成団体は、「京都民医連」「京都府保険医協会」「内部被曝から子どもを守る会・関西検診プロジェクト」です。原発事故後の健診では、甲状腺エコーだけがクローズアップされますが、エコー健診だけでなく、避難してきた子どもたちの発達や教育の相談、避難生活による家族分断で生じた離婚、東電への賠償問題などを考える法律相談など、総合的な支援を試行錯誤しています。健診会場では、避難者家族の交流コーナーやハンドマッサージなど、リラックスしていただける工夫をしています。


――甲状腺エコーの判定について、簡潔に教えてください。

尾崎  まず、「のう胞」とは甲状腺組織の中に袋状に液体のたまったもののことで基本的には良性のものとされています。「結節」は甲状腺の内部にできる充実性のもの、つまり中身の詰まったもので良性のものと悪性のものがあります。

福島県が行なっている甲状腺検査の「A2」判定(※注1)には、「のう胞」と「結節」の2つの所見があります。がんが見つかるのはのう胞からではなく結節からです。「A2」であること自体は危険因子ではなく、のう胞か結節かを区別することが大切で、結節の場合には慎重な経過観察が必要です。「B判定」の子どもたちには、必要と判断されたときは細胞診という精密検査が行なわれて、「悪性」か「悪性の疑い」と診断されます。

※注1:福島県「県民健康調査」甲状腺検査では、以下のように判定している。
A 判定 (A1)結節又はのう胞を認めなかったもの。
(A2)結節(5.0 ㎜以下)又はのう胞(20.0 ㎜以下)を認めたもの。
B 判定 結節(5.1 ㎜以上)又はのう胞(20.1 ㎜以上)を認めたもの。なお、A2 の判定内容であっても、甲状腺の状態等から二次検査を要すると判断した場合は、B 判定としている。
C 判定 結節甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要するもの。


――京都民医連での健診結果や意義をどう評価していますか。

尾崎  健診結果を評価するのは難しいと思います。統計的には母数が少なすぎます。健診の意義については、「異常なし」や「悪性腫瘍に結びつかない」所見なら、ひとまず安心してまた受診していただければよいわけですし、気になる所見が得られた時は、専門機関につなぎます。

幸いなことに、京都民医連での健診を受診した子どもたちからは、がんは見つかっていません。しかし、健診を継続する中でエコーの所見が変化し、新たにのう胞や結節が見つかる場合があります。今後長期にわたって健診を継続していくことが何よりも大切なことです。

――6月6日、第23回福島県「県民健康調査」検討委員会が開かれました(現在は、9月14日の第24回まで開催)。委員会で配布された資料には、甲状腺の穿刺吸引細胞診を行なった方のうち、116 人が「悪性ないし悪性疑い」とあります。どう考えたらよいでしょうか。

尾崎  県民健康調査の対象者は、東日本大震災の起きた2011年 3 月 11 日時点で、概ね 0 歳から 18 歳の方たちです。第23回の検討委員会の資料では、原発事故の時点で5歳だった子に新たに悪性腫瘍が見つかっています。今の時点で、この結果を短絡的に事故との関連性の証拠と決めつけるわけにはいきませんが、丁寧な経過観察の必要性をますます強調する結果であることは間違いないと思います。

甲状腺検査の結果と放射線の影響については、専門家によって見解が違うので何が正しいのか不安に思う方もいるでしょう。しかし、私が拠って立つ土台となる立場は明確です。これまでに多くの医師・医学者が明らかにしてきたように、「広島や長崎の原爆放射能による低線量の内部被ばくが、長い年月ののちも人間の体に障がいを起こしうる」という事実です。
2015年12月の京都民医連避難者健診血液検査の様子。

広島・長崎の原爆被爆者やマーシャル諸島での核実験、チェルノブイリ原発事故などの被ばく者が示している放射線による健康への影響を正確にみれば、原発事故による放射線障害の危険性は軽視できません。低線量被ばくの可能性のある方たちは、生涯にわたって健康管理と影響調査が重要だと考えます。

――福島県の全人口のおよそ2パーセントにあたる40,710人の方が、現在も県外に避難しています(2016年9月12日現在)。福島県は昨年、自主避難者への住宅無償化を2017年3月に打ち切り、世帯所得に応じた家賃補助に移行する方針を発表しました。

尾崎  避難先にとどまりたくても、経済的に戻らざるを得ない方たちもあるでしょう。医師のできることは、放射線の影響があったと考えられる東日本全体で健診が受けられる体制を作っておくことです。

原発事故後に、福島県の県民健康調査以外には大きな規模の健診は実施されていません。京都民医連が加盟する「全日本民医連」は全国組織なので、比較的大規模に同一方法で全国的な健診が実施できるメリットがあります。「広島民医連」が被ばく者医療に、「熊本民医連」が水俣病に向き合ってきた経験から、原発事故後の健診記録は永年保管していきます。何十年後、自身や次世代に健康被害が出たときに、健診記録や手記などの行動記録は、原発事故と健康被害の因果関係を立証する裁判でも大切な証拠になります。

――民間医療機関のカルテには保存期間があります。国立病院はカルテを永年保管できるとしても、国を相手に患者側に立った裁判をしにくいでしょう。大規模健診を継続して、組織としてカルテの保管を決断することの大切さを思います。

尾崎  私たちは記録を遺し、次世代にこの経験を引き継ぎ、被ばく医療や健診を引き継ぐ医師を育てていかねばなりません。原発事故と健康の問題は、私たちがいなくなったあとも続いていくのです。

――“自主”避難者のご家族とお付き合いして、現在の課題はどのようなことだと思われますか。

尾崎  避難者健診でのアンケート結果を見ると、2012年度は「放射能を浴びてしまった子どもの健康のこと」「家族が離れて暮すことによる子どもの精神的な影響」「二重生活による家計の困難さ」が、多くの方の関心事でした。それが、京都府が受け入れた県外避難者に自治会が2015年に行なったアンケートを見ると、関心事が変化していたのです。

一番目の関心事は住宅問題でした。2017年には、今の住居を退去しなくてはならないという不安や焦りによる心の問題があります。二番目の関心事は、これは前回と同様ですが、満足な仕事に就けないことによる収入減、父親や祖父母を福島に残した母子避難のため、二重生活による家計の圧迫でした。三番目が子どもたちの学校や進学の問題です。

健康診断で診療する尾崎さん。

生活の問題に追い立てられ、放射線被ばくや子どもたちの健康のことを考える余裕すらなくなっているのではないかと心配になります。原発事故から5年が経過し、避難してきた子どもたちの年齢も上がってきています。思春期の子どもたちは、親が健診を申し込んでも来ないことがあります。避難してきたことを周囲には話せないご家族、子どもたちもいます。

――震災・津波・原発事故・家族や地域の分断……。避難してきた子どもたちは、たくさんの心の傷を抱えていると思います。避難してきたお母さんたちの話を聴くことはあっても、子どもたちが黙っていることが、気になっています。

尾崎  子どもたちの日常の話を聴きながら関わるのが小児科医です。日常の診療の中で、子どもたちや家族との信頼関係もできていきます。健診だけでなく、身近なホームドクターとして永くお付き合いさせていただければと思います。

健診についても、現在は国の制度として整っていません。保険医療ではないので、健診費用は自費負担です。京都民医連では、東日本大震災時に民医連内で集めた寄付、「内部被曝から子どもを守る会・関西」への寄付や助成金、この会の代表者の出版物の販売や講演で準備した資金で、受診者が無料健診を受けることができるようになっています。個人の志による手弁当の活動です。

原爆被ばく者には、「原爆被ばく者援護法」にもとづいて「被ばく者健康手帳」が交付されています。国民健康保険など公的医療保険の自己負担分が免除され、無料で医療が受けられ、年間2回の健診も無料です。ただ手帳制度の場合、手帳をもらえなかった人はカバーされず、支援が限定的になる危険性もある。

子どもたちの健康不安と健康被害、家族離散の生活によるさまざまな精神的な影響を引き起こした責任は、原子力政策を実施した政府と東京電力にあります。放射線に被ばくした可能性のある地域の住民や、その地域からの避難者に対して、経済的な不安なく継続的な健診を保障していくことは、本来は国と東京電力の最低限の責任です。


*京都民医連では、毎年12月の集団健診(今年度の募集)のほか、各診療所において京都府内に避難してきた方たちの個別健診を随時受け入れています。こちらをご参照ください。

尾崎望(おざき・のぞむ)/1954年、兵庫県生まれ。京都大学医学部卒業。小児科医として京都民主医療連合会(民医連)の各病院・診療所に勤務し、かどの三条こども診療所所長、京都民医連会長を務める。地域で子どもの成長を育む運動や「子どもの貧困」を解決する取り組み、ベトナムの障害児の健康実態調査・リハビリ支援などにたずさわる。

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