2015年10月12日 産経ニュース
コンクリートで覆われたチェルノブイリ原発4号機。周辺環境への汚染防止作業は現在も続いている =2011年4月(佐藤貴生撮影) |
ロシアの専門家は独自の調査データから「危険性はそれほど高くない」と分析しているが、環境保護団体は「ガンの発生率があがる恐れがある」と主張。ウクライナ政府に対して徹底した情報公開と対策を要請している。住民の間には事故発生時に真実が発表されなかった国に対する不信感が今も根強く残り、今後の生活に大きな不安を呼び起こしている。
ウクライナの首都キエフから北方120キロに位置するチェルノブイリの原発事故はソ連時代の1986年4月に発生した。4号機が試験運転中に爆発し、大量の放射性物質がベラルーシやロシアなどの旧ソ連地域、さらには欧州各地に拡散した。
当時のゴルバチョフ政権は当初、事故の発生をひた隠しにし、消火活動に当たるなどした原発職員数十人が急性放射線障害で死亡、のちに約33万人が強制移住させられた。事故の深刻度を示す国際尺度は東京電力福島第一原発事故と並ぶ最悪の「レベル7」。発生4~5年後には、子どもの甲状腺がんが急増したことが報告されている。
ウクライナ政府はソ連時代の措置を引き継ぎ、原発周辺の30キロ圏内を立ち入り禁止区域にしている。しかし、この措置に反して、数百人の住民らが故郷の規制区域内に入り、生活しているといわれる。
さらに、発生から29年後の今も、4号機を封じ込める巨大なシェルターの建設工事が行われており、約7千人が立ち入り禁止区域で作業に従事している。
大規模火災はこの規制区域内で発生した。最初の発生は4月末。炎は風にあおられて燃え広がり、数メートルの高さの樹木の最上部まで燃えた。ウクライナ国家緊急事態省は数百人の消防隊員を現場に派遣する特別態勢を組み、消火活動にあたった。
空中から放水するヘリコプターも2機投入されたが、強風の天候が続いて消火作業は困難を極め、火は一時、原発まで約10キロのところまで迫った。
結局、完全鎮火には約1週間かかった。焼失面積は東京ドーム85個分の約400ヘクタール。燃え広がる森林の映像や懸命な消火活動の様子はロシアや欧州各国でも報じられ、不安視する住民の声が伝えられた。
ウクライナ政府は沈静化に躍起になった。チェルノブイリ原発自体はもちろん、周囲のモニタリングポストの調査からも「第2の放射能汚染」の危険性はないと強調した。
しかし、その後も大規模火災は相次いだ。6月下旬から7月上旬にかけては130ヘクタールが延焼した。乾燥した天候が続いた8月、9月にも枯れ草や落ち葉から出火し、再び数十ヘクタールが燃えた。ウクライナ非常事態省は8月、火災は放火の可能性があると発表した。
チェルノブイリ周辺で火災が広がる理由には、規制区域の一部で自然発火する恐れのある泥炭地帯が広がっていることが背景に挙げられる。
さらに原発事故後の30年間、まったく人の手が加えられていないことから、一帯に落ち葉や枯れ木などが積み重なっていることも、火災を誘発する原因となっている。福島第一原発事故後のように、チェルノブイリ周辺では十分な徐染作業や処理が行われておらず、こうした草木にも大量の放射性物質が付着しているとみられている。
案の定、大規模火災で住民に29年前の悪夢の記憶が甦った。ウクライナ当局が放射性物質の基準値超えを発表したのである。
7月の火災で、周囲に設置されたモニタリングポスト1カ所で基準値の10倍に増大したセシウム137を検出した。原発事故で放出された放射性物質である。地元メディアによれば、ウクライナ当局は「健康被害はない」ことを強調し、関連する他の詳細な情報は明らかにしなかった。
こうした状況から、地元からは事態を懸念する声が相次いだ。
ウクライナの環境団体のトップは地元メディアに「立ち入り禁止区域で起きた火災は極めて危険だ」と指摘した。乾燥した気候が続けば、火はいつでも燃え広がる可能性があるとし、「放射性物質を含んだ灰はその後、風に運ばれて広範囲に広がり、土壌や河川に降り積もる。これは環境汚染と健康被害に対する大きな脅威だ」と警鐘を鳴らした。
欧州各国では、経済危機に陥っているウクライナ政府の対策が不十分の可能性があると見ており、「放射能危機」問題に従事する欧州委員会の幹部もロシアのメディアに対し、「最悪のシナリオは、この地域でガンの発生率があがることだ」と指摘した。
しかし、この立ち入り禁止区域に、ウクライナとは別の独自のモニタリングポストを設けているロシアは「危険性は最小限に過ぎない」と主張した。
原発専門家は、チェルノブイリ原発周辺では2010年にも大規模火災があったが、健康被害に達するレベルの放射性物質のデータは検出されなかったと指摘。その上で、「すでに、原発事故時の汚染された土壌は地中深くまで浸透しており、大きな影響を及ぼすメカニズムにはない。今回の火災でも異常は検出されていない」と語った。
大規模火災に対する住民の懸念は、ソ連時代に情報を発表しなかった不信感に根付いており、ウクライナ政府には徹底した情報公開が求められる。
山火事や福島第一原発周辺でも発生する恐れがあり、今回の出来事は、日本政府に対しても大きな教訓を与えそうだ。(佐々木正明)
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