2015/11/25

鳥の目虫の目:事故の現実、直視する=大島秀利

2015年11月25日 毎日新聞
http://mainichi.jp/area/news/20151125ddf012070002000c.html

子育て世代の主婦や会社員らが16年前に翻訳し、今も売れる米国の防災マニュアル冊子がある。それは、ニューヨーク市の北東にある州の「コネティカット州原子力発電所非常事態対策ガイド」だ。

冊子は現地の電力会社と州が共同制作し、原発16キロ圏内に配られた。当時の日本で「住民の不安をあおる」と原発防災に後ろ向きだったのに比べると、翻訳者は「とても具体的な記述」と今も思う。例えば、緊急事態で「子どもが学校や保育所に行っている場合」の項目では、「保護者は学校からお子さんを連れ帰ろうとしないで」とし、理由を「交通の問題を引き起こし、全ての子供たちのタイムリーな避難の妨げになるから」と説明する。学校は既に避難施設などを定めているというのだ。

車の運転中の指示は被ばく防止のため「エアコン、ヒーターはスイッチを切る」。ペットの扱いの記述も。屋内待避で「屋内にいれる」とある一方、避難移動では「ペットのために食べ物と水を置く。ペットは避難施設には連れていけません」と。

地区ごとの避難ルート図もあり、次のように詳細に案内する(A〜Dは実名)。「A地区 85号線を北上(中略)Bストリートの信号で右折し、次の信号へ。Cストリートで左折し、D高校へ」

原本を忠実に再現した訳者たちは1999年、前書きで制作理由を「このような防災対策さえ持たない日本の現状を絶対許さないという気持ちがあったからです」と書いた。

12年後、福島第1原発事故が起きた。日本の防災対策範囲はそれまで原発10キロ圏だったが、実際の放射能汚染に伴い、政府は約50キロ地点も避難区域に入れた。事故後、事前の防災対策区域は30キロ圏とされた。福島事故の現実は、広域の放射能汚染や長期間の避難生活など、米国の原本冊子の想定もはるかに超えた。

翻訳冊子は福島事故以降、京都府など原発の30キロ圏内の住民らの注文もあり、通算約2000部が売れた。「うわべの防災ではだめ。原発の危険を考える材料に」と訳者たち。36ページ、800円(送料別)。

問い合わせは東京都小金井市緑町2の14の14、「小金井市に放射能測定室を作った会」の香田頼子さん。
(社会部編集委員)

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