2015/11/12

「また転居?」母たちの悲鳴 福島自主避難者「住宅無償」停止へ

2015/11/12 中日新聞朝刊・特報
http://www.chunichi.co.jp/article/tokuho/list/CK2015111202000070.html


東京電力福島第一原発事故の避難指示区域外ながら、放射線から子どもを守るために自宅を離れた「自主避難者」たち。彼らに対する住宅の無償提供を二〇一七年三月で打ち切る方針が示されてから半年近くがたった。母親たちの胸には「転居」の二文字が浮かんでは消える。再び転居となれば、子どもに大きな負担をかけてしまう。放射線への心配もぬぐえない。「わたしたちは被害者なのに」-。

◆子が落ち着ける環境、もう壊したくない

「毎朝、毎晩、繰り返される質問があります。『ママ、この家、いつ出なきゃいけないの』『どこに引っ越すの』『転校したくないよ』。子どもたちにも不安が広がっています」

十月二十九日に東京都内であった原発被災者の集会。福島県いわき市から埼玉県内に自主避難している河井かおりさん(34)がマイクを握っていた。県営住宅でともに暮らす小学四年の息子(10)と二年の娘(8つ)を思い、「もう子どもたちの環境を変えたくない。望みはそれだけです」と訴えた。

いわき市にあった自宅から福島第一原発までは約五十キロ。原発の建屋が爆発すると、すぐに福島を離れた。



原発被災者らの集会に出席した河井かおりさん(右から2人目)。
「もう子どもの環境を変えたくない」と訴えた
=10月29日、東京・永田町の参院議員会館で


◆新しい友達

事故の一カ月後に今の県営住宅に入った。あれから四年半。息子や娘には新しい友達ができた。娘は、いわきの家より今の部屋で暮らす期間の方が長くなった。「やっと子どもたちが落ち着いて過ごせる環境ができつつある」。そう感じていた。それなのに、家計を考えると、住宅の無償提供の打ち切り後は転居を強いられる公算が大きい。

河井さんは埼玉に来てから半年後、夫と離婚した。避難をめぐる考え方の違いなどが原因だった。看護助手として勤めだしたが、働き詰めの日々は心身をむしばんだ。二年ほど前、仕事を続けられなくなり、生活保護を頼った。体調が回復してきた今、パートに出るようになったが、現在の住まいの家賃をまかなえるほどではない。

河井さん自身、子どものころ、度重なる転居のつらさを経験してきたという。「家庭環境が良くない中で育った。住まいが転々と変わり、施設にいたこともある。だから長い付き合いの友達がおらず、いつでも帰れるような地元がない。子どもたちに同じ思いはさせたくない」

◆苦しい家計

福島県の中通り地方から首都圏のアパートに母子で自主避難している女性(39)も「子どものことを考えると、今の部屋で住み続けたい」と話す。

小学三年の息子(8つ)は原発事故以降、感情の起伏が激しくなり、夜中に急に泣き叫ぶ「夜驚症」のような症状も見られるようになった。時間の経過とともに治まりつつあるが、いまだにおねしょが続き、頭痛を訴えることもある。

臨床心理士らと面談を重ねており、「子どもの心の問題は根気よく、時間をかけて向き合わないといけないと言われている。息子が余計なストレスを感じないよう、住まいを含めた環境を変えたくない」。

母子家庭で、経済的に余裕はない。今の部屋の家賃は約七万五千円。自身の収入は事務のパート代に児童扶養手当などを含めて十二万~十三万円で、家賃の肩代わりがなくなれば、出ていかざるを得なくなる。

無償提供の打ち切りまで約一年半。代わりの部屋を探している。「家賃の安い公営住宅に」「子どもが通う学校は変えたくない」と考えてはいるものの、希望に沿う物件は見つかっていない。

「自主避難しているどの世帯も潤沢な経済力があるわけではない」。茨城県内で原発避難者らを支援する団体「ふうあいねっと」代表で茨城大の原口弥生教授(環境社会学)はそう語る。

自主避難者に対して今は住宅が無償提供されているが、避難指示の対象者と違って月額十万円の精神的賠償が出ない。

夫が福島に残って仕事を続け、その収入を頼りに母子だけが避難するケースも少なくない。二重生活は出費がかさむ。夫婦離れ離れになることで離婚し、母子家庭になることもある。そうした中で住宅の無償提供が打ち切られ、家賃が払えなくなれば、必然的に安い家賃の住宅に転居を考えなければいけなくなる。

◆被ばく不安

住み慣れた環境を選ぶなら避難元の家に帰ることも候補になるだろうが、今でも放射線に対する懸念は消えることがない。

原発被災者でつくる「原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)」が十月末に開いた集会では、福島第一原発の収束作業などに携わった元作業員の男性が白血病を患い、労災認定されたケースが話題になった。この男性の業務中の累積被ばく線量は一九・八ミリシーベルトだった。集会に参加した自主避難者の女性は「『年間二〇ミリシーベルト以下は帰還』が国の方針だが、これに応じて白血病になったらどうするのか」と訴えた。

原口教授は「現在の放射線量をどう受け止めるのか。次の転居が子どもにどんな影響を及ぼすのか。家族一緒に暮らした方がいいのか。考えは各家庭によって違い、それぞれが判断するしかない。その判断をサポートすることが行政に求められている」と指摘する。




自主避難者向けの住宅無償提供の延長を求めてデモをする原発被災者ら

=10月27日、福島市で
◆権利認めて

現状は、理想と大きくかけ離れている。「原発避難白書」の著者の一人で、被災者の住宅問題に詳しい津久井進弁護士は「自主避難者は十把ひとからげにされ、一律で同じ時期に住宅提供が打ち切られてしまう。一人一人が全く大切にされていない。復興庁という組織はあるが、官僚たちが考えているのは、いかに早く原発事故全般の幕引きを図るかということだけ」と憤りをあらわにする。

福島県は住宅提供打ち切りの方針を発表した後、帰還を希望する自主避難者に対して引っ越し費用として一世帯当たり最大十万円を補助する考えを示した。避難先に残ることを希望する世帯には低所得者を対象に家賃を補助するというが、どの水準を低所得者とするのか、補助率がどうなるのか、まだはっきりしない。

七月に山形市内であった避難者向けの支援情報説明会では、浜田昌良復興副大臣(当時)が子どもの成育環境に配慮する必要性を認め、転居後の通学区域の弾力化を示唆した。これに対し、東京都内に自主避難する三十代の母親は「バスや電車で(なじんだ学校に)通えば交通費がかかる。交通の便がよいところに住もうと思えば、必然的に家賃は高くなってしまう」と疑問を投げかけ、「私たちが何を求めているか、ちゃんと話を聞いてほしい」と訴えた。

前出の河井さんは、こう強調する。「国や東電が加害者で、私たちは被害者なんです。それなのに国や東電は『支援』とか『補助』とかいう言葉を使い、『助けてやっているんだ』という態度を取っている。それは明らかにおかしいこと。私たちに避難の権利があることを認め、住宅の問題にきちんと取り組むべきです」

(榊原崇仁)

<住宅無償提供の打ち切り>福島県の内外にいる自主避難者数は2万5000人とみられている。現在は災害救助法に基づき、一定額を上限に無償で住宅が提供されており、その費用は行政側が東京電力に請求する。国と協議してきた福島県は6月、「公共インフラの整備や除染が進み、県内の生活環境が整ってきた」などとして2017年3月で打ち切ると発表した。

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