2016/03/24

3・11後のサイエンス 論争を舞台に載せる

2016年3月24日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160324/ddm/016/070/036000c

なかなか意欲的な企画ではあった。今月、日本科学未来館が行った甲状腺がんと被ばくの影響をめぐるトークイベントは、予定を1時間オーバーし3時間の長丁場となった。

登壇者は疫学が専門の津田敏秀・岡山大教授と、公衆衛生も専門の医師、越智小枝・相馬中央病院内科診療科長。津田さんは「福島県では甲状腺がんが多発しており、今後も増加するだろう」との見方を示し、物議をかもしている。一方、越智さんは「甲状腺がんが増えているかどうかは、これまでのデータではわからない」との立場だ。

元になっているのは福島県による子どもの甲状腺検査の結果だ。事故当時18歳以下だった県民を対象に2011年10月から「1巡目」として約30万人を検査、14年4月から「2巡目」を実施している。その結果見つかった甲状腺がんや疑い例は全国の発症者の割合から推計される患者数に比べて確かに多いが、異なるのはその解釈だ。

多くの専門家は、多人数を対象に精密な検査をしたことによる「過剰診断」が主な原因と考え、「放射線の影響は、あったとしてもわずか」と見る。一方、津田さんは「がんの進行状態などから見て、過剰診断だけでは説明がつかない」との立場で、被ばくが主因と解釈する。

イベントでは津田さんがデータと統計的手法を示して自説を展開。越智さんは、福島で診療に当たっている立場から、被ばくとがんの関係の議論に集中し過ぎると別の要因による重要な健康被害を見逃す、と指摘した。人々の健康をどう捉え、どう守るかのアプローチの違いが際立ち、「正面きっての対決」に期待して参加した聴衆には欲求不満が残ったかもしれない。ただ、会場で感じたのは、いずれにしても今のデータだけで甲状腺がんと被ばくの因果関係を導くことは難しいという点だ。一方で過剰診断というだけで人々を納得させるのも難しい。

さらに注目したいのは、会場で浮き彫りになった科学者の言葉と一般の人の認識のギャップだ。たとえば、ある時点で検査した地域の中で病気を持っている人の割合を示す「有病率」と、ある地域で一定期間に新たに病気と診断された人の割合を示す「発症率」の違い一つとっても分かりにくい。福島県の検査は前者、その比較対象は後者だが、比べ方も難しい。津田さんは「高校生が学ぶ内容」と述べたが、科学者も一般の人の立場に立って丁寧に説明しなければ議論の土俵さえできない。もう一つ再認識したのはイベントを企画した科学コミュニケーターや科学館の役割だ。実は、政府資金に支えられている彼らは社会的論争のあるテーマが苦手だと思っていた。今回の企画を検証しつつ、論争を舞台や展示に載せる挑戦を今後も続けてほしい。
(専門編集委員=青野由利)=おわり

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