2016/03/22

東日本大震災5年 除染の課題

2016年3月22日 毎日新聞

不信払拭へ説明尽くせ

東京電力福島第1原発事故から5年がたった。被災地では「集中復興期」が終わり、来年度から「復興・創生」期間に入る。地域の創生には人が欠かせない。だが、今も福島では、県内外で約10万人が避難生活を送る。帰還の妨げの一つが、放射性物質による汚染だろう。環境省と自治体が除染を進めるが、作業が進んでも帰還者数は増えていない。そのうえ丸川珠代環境相が2月、除染について「何の科学的根拠もなく、時の環境大臣が(年間)1ミリシーベルトまで下げると言った」などと不用意な発言をしたことが、地域の創生の流れに水を差した。

国会審議などで明らかになった丸川氏の発言は、次のようなものだ。「『反放射能派』と言うと変だが、どれだけ下げても心配な人がいる。そういう人たちが騒いだ中で、何の科学的根拠もなく(民主党政権の)時の細野(豪志)さんという環境大臣が『1ミリシーベルトまで下げる』と急に言った。誰にも相談せず。その結果、帰れるはずのところにいまだに帰れない人が出ている」


被ばく基準巡り、国と被災者ずれ

5日後に撤回したが、福島の人々のため、できる限り事故前の土地の状態に戻そうという意志が感じられない。丸川氏は、帰還者が増えない責任を民主党政権に転嫁している時間があるなら、福島の人々に、自然界から受ける以上の追加被ばく線量を抑えるための施策について丁寧に説明する最前線に立つべきだ。

事故に伴う追加被ばく線量を長期的に年間1ミリシーベルト以下に抑える目標は、政府が2011年8月に決めた。その後、放射性物質汚染対処特措法に基づく基本方針で、除染などで「長期的に年間1ミリシーベルト以下になることを目指す」と示した。「1ミリシーベルト」は、国際放射線防護委員会(ICRP)が原発事故からの復旧期の許容範囲として示す被ばく線量(1ミリ〜20ミリシーベルト)の下限値だ。

ただし、国は除染だけで年間1ミリシーベルトまで下げるのではなく、時間がたつことで放射線量が自然に下がる分や、被ばくを減らすような暮らし方などを組み合わせて達成することを目指している。私は、ここに被災者との認識の食い違いが生じていると考える。

環境省は11年12月、年間1ミリシーベルトを巡り、「1日のうち屋外に8時間いる」ことなどを仮定し、「毎時に換算すると0・23マイクロシーベルト」という数字を示した。そして、この「0・23マイクロシーベルト」を上回れば除染対象と決めたため、地元では「0・23マイクロシーベルトを下回ることが除染完了の基準」ととらえられた。民主党政権にしても自公政権にしても、地元とのコミュニケーションを深めず、認識のずれを放置してきた。

実際、除染が終わっても毎時0・23マイクロシーベルトを上回る場合があるが、暮らし方により目標の年間追加被ばく線量は1ミリシーベルト以下になっている。国は14年8月、福島市など4市と共同で「空間線量が毎時0・3マイクロ〜0・6マイクロシーベルトでも年間1ミリシーベルト程度になった」との中間報告をまとめた。しかし、この報告書は被災地であまり知られていない。環境省もホームページで紹介する程度だ。


相談員制度通じ、理解が広がれば

こうした除染の実態や結果について十分な説明がないままに、丸川氏の「帰れるはずのところにいまだに帰れない人が出ている」という人ごとのような発言が出た。地元の怒りを買って当然だ。私は、創生期に入るのを前に、国が地元との対話を積極的に進めることが不可欠だと考え、環境省幹部らにも訴えた。ところが、彼らは「我々も対話はしたい。しかし溝が深い」と表情を曇らせる。放射性物質に汚染された廃棄物にしても、除染で出た汚染土を集める中間貯蔵施設の整備にしても、地元との対話はうまくいっていない。別の政府関係者は「(適切な情報を提供しなかったことなど)事故発生当初の国の対応への不信が、5年を経ても払拭(ふっしょく)されないためだ」とこぼす。

その不信の払拭に役立つかもしれない取り組みが、ようやく始まった。国が昨年度から福島県内の自治体と協力して始めた「相談員制度」だ。国と地元の間に保健師や看護師らが入り、除染や放射線への不安などの相談に乗る。福島県南相馬市は社会福祉協議会内に窓口を設置するなど、取り組みは広がりつつある。この体制をうまく活用し、除染や被ばく線量への理解を根気よく伝えていくべきだろう。

特に、小さな子どもを持つ母親たちの不安は大きい。1児の母でもある丸川氏には、こうした母親たちとコミュニケーションを図ることも求められているはずだ。福島の人々が帰らない理由はさまざまだが、政府が放射線への不安に応える努力を十分にしているとはいえない。少なくとも、他人に責任転嫁をすべきではないし、不用意な発言を撤回して終わりではない。
(記者の目=渡辺諒(東京科学環境部)

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