映画『小さき声のカノン―選択する人々』より、福島県二本松市で家族一緒に暮らし続けることを選択した佐々木るりさん(左)と次男の樹心くん(右) ©ぶんぶんフィルムズ
鎌仲ひとみ監督が、福島そしてチェルノブイリで被ばくから子供を守る母たちを描くドキュメンタリー映画『小さき声のカノン―選択する人々』が5月2日(土)より渋谷アップリンク、横浜シネマ・ジャック&ベティ、そして仙台フォーラムにて上映がスタート。シネマ・ジャック&ベティでは、鎌仲監督とイラク支援ボランティアの高遠菜穂子さんのトークショーが行われた。
今作のテーマとなっているのは、放射能汚染のない土地に暮らし安全な食べものを摂ることで、病気の予防や緩和を行う「保養」。この日は、制作にあたり400時間にわたりカメラを回したという鎌仲監督、そして福島第一原発事故以降、現地でボランティアを続ける高遠さんのふたりが、映画に登場する、福島で家族と暮らすことを選択した母たちの変化について語るとともに、保養の必要性についてもあらためて強調した。
なお、渋谷アップリンクでは毎週火曜日、会場を足下がみえる程度に薄明かりにして、通常より小さめの音量で上映することで子供連れでも安心して鑑賞できる「親子上映会」を実施。1回目は5月5日12:10の回、2回目は5月12日12:10の回となっている。
震災以降とった選択をあらためて考えるきっかけに
(高遠さん)
(高遠さん)
鎌仲ひとみ(以下、鎌仲):実は、今作に登場する真行寺の住職・佐々木道範(みちのり)さん一家は、高遠さんが紹介してくださったんです。
高遠菜穂子(以下、高遠):そうなんです。私は震災の翌月から、南相馬で泥出しとがれき撤去のボランティアで福島に入っていました。その流れで、震災から2~3ヵ月くらい経って、佐々木さん一家が北海道のお寺に保養に来ていたときに、初めて道範さんに直接会いました。
5月2日、横浜シネマ・ジャック&ベティにて行われた映画『小さき声のカノン―選択する人々』トークイベントより、鎌仲ひとみ監督(左)と高遠菜穂子さん(右)
鎌仲:福島を撮り始めていたこともあり、高遠さんに道範さんのことを教えてもらった後、ある県議会選挙の候補者の応援に行ったら、道範さんの方から会いに来てくださったんです。そして、真行寺に行って、奥さんのるりさんにも会いました。るりさんと、彼女が参加する「ハハレンジャー」(子供たちを被ばくの影響から守るために園児のお母さんたちが結成したグループ)の存在が、この映画の核になっています。
映画『小さき声のカノン』より、こどもたちを被ばくの影響から守るために、園児の母が結成した「ハハレンジャー」 ©ぶんぶんフィルムズ
高遠:震災直後にるりさんに初めて会った時は、私と道範さんが話している所にお茶を運んでくるだけだったのですが、佐々木家に通い始めて2~3回目くらいからキッチンで話し込むようになり、るりさんとも話をするようになりました。避難するかしないか、揺れる胸の内をたくさん話してくれました。「こんなに話す人だったんだ」と思いました。
鎌仲:400時間カメラを回しているなかで、映画の本編に入りきらなかったエピソードを「カマレポ」として毎月1回配信しているんですが、そこに、保養のため滋賀のお寺にホームステイするという場面があったんです。そのお寺の坊守(ぼうもり/住職の妻)さんが、刑務所で働き続けて、一度もお寺で夫と生活をしなかったけれど、去年定年退職して戻ってきたことで、ようやく夫婦で暮らし始めた、という話をしたんです。するとるりさんが「福島はとても保守的な地域で『女は男に3歩下がってついていく』ものだと思っていたので、自分も同じく自分を主張しないのが素晴らしい生き方だと思っていた」と女性が何か始めることの心理的壁について語っていました。
この映画の前に制作した、佐々木さん一家も出演している映画『内部被ばくを生き抜く』(2012年)は、全国800から900ヵ所で上映されました。そこで「るりさんの話を直接聞きたい」という方が増えて、彼女の講演と合わせて上映の上映もたくさん行われました。映画を観た方が、坊守さんや奥さんという肩書ではなく、佐々木るりというひとりの女性として接するようになった。そのことで、るりさん自身にも変化があったと思います。
高遠:私もお母さんたちが集まるキッチンにいると、イラクのことや「こういうテレビ局や新聞社が取材に来たけれど、どうやったら対応したらいいの?」とメディアのことを質問されることが多かったので、2004年のイラクでの人質事件の体験から、気をつけたほうがいいことを話しました。そのなかで「鎌ちゃん(鎌仲さん)という人が会いたいと言ってるんだけど」と言ったら、「その人は大丈夫なの?」と聞かれたり(笑)。もちろん私は「大丈夫!」と言いましたけれど。
鎌仲:ありがとう!(笑)福島は震災以降、相手を見て「この人にほんとうに話してもいいのか」と本心をあまり出そうとしないし、本音が語れない雰囲気が強い。でも、この映画の撮影にあたっては、時間をかけてお母さんたちのメディアに対する不信感を解きほぐしていきました。丁寧にお付き合いさせていただきましたし、他の「ハハレンジャー」たちにも、他のメディアとは違うんだということも分かっていただくことができました。
©ぶんぶんフィルムズ
高遠:今作のテーマである保養についても、どういうことをするのかまだ知らない人が圧倒的に多いですし、保養をしなければいけない状況にあると思われるのがいやだ、という人もいる。子供だけを高校進学と同時に福島県以外の寮付きの学校に通わせたいとか、その他の選択肢もある。いろんな人の話を聞いていくと、グラデーションがあって、どれが正解というのではなく、いろんな考え方がある。だから、この映画は観た人に「自分が震災以降とった選択をあらためて考えるきっかけになった」「この後どう継続していくか」と考えてもらえる作品なんじゃないかと思います。
鎌仲:選択肢が「避難する」「留まる」のふたつにひとつと思わされているところもあるし、娘だけ県外に進学させても「良かったわね」と言われることもあるし「夫婦だけで大変ね」と言われることもある。
映画『小さき声のカノン―選択する人々』より、ベラルーシでホールボディカウンターによる内部被曝の測定を受ける子供達 ©ぶんぶんフィルムズ
高遠:周りの反応も様々なグラデーションがある。「福島の人たちを傷つけることをするな」と正義感で言うけれど、どの局面からいっても、誰かを必ず傷つけてしまう。私も実は、擁護されているけれど、心配してくださる人から「そんなふうに思われているんだ」ということを繰り返し言われることで、すごく深く傷に残る。「命を大切にしてください」「イラクに行かないでください」と言われることが苦しかったこともありました。
私は、震災直後は高い線量だと分かっていたので「一時的でも避難したほうがいい」と思っていたけれど、時間が経っていくうちに、移住を薦めるのは止めました。それは、あまりにも、離婚する家庭が多いから。現在も、移住をしたいという人には一緒に不動産屋をまわったりしますが、保養を積極的に薦めています。
保養についてのさらなる認知と、包括的な支援制度が必要
(鎌仲監督)
(鎌仲監督)
鎌仲:確かに、保養は大きな選択肢のひとつになってきていると思います。日本には、チェルノブイリの子供たちを保養に受け入れていたグループが、今作に登場する「チェルノブイリへのかけはし」をはじめ5つあります。そのうちの一つは、当時白血病の子供たちが増えているから助けてほしいという連絡をもらったことから、事故から29年経っても活動を続けています。同じように、保養も長く続けていくことが大切なのに、知られていなかったり、国がまったく予算を出さなかったり、包括的な支援制度がないということがあるので、ほとんどの子供たちが行けていないのが現状です。
映画『小さき声のカノン―選択する人々』より ©ぶんぶんフィルムズ
高遠:私が知っているなかでも、山形に小学生や未就学児が週に1回、月に1回保養に行っているそうですが、参加したお母さんが中心になって、山形の受け入れ先の大学生やNPOと一緒に活動を拡げていますし、ドイツやオーストラリアに脱原発についての勉強も含めた保養を行うなど、様々な方法で行われています。
鎌仲:福島だけで36万人の子供たちがいるのに、ひとつひとつが少人数ですし、4年経ったらもう必要ないだろうという意見もあり、草の根のグループは続けられないと困っています。ようやく3億6千万円の予算がついたけれど、1,000件応募があって、市民グループ主催では8件しか助成金を獲得できていない(学校主催で178件)。だから予算も消化できていないんじゃないでしょうか。今年は子供たちが風評被害を払拭するためにアピールできるようになることが予算をもらうための条件になっています。
そうした矛盾に満ちている状況なんですが、今年はこの映画を応援してもらって、より多くの人に観てもらうと同時に、保養を広めていきたいです。
高遠:私も8月に子供たちを連れてドイツに保養に行く予定です。
(2015年5月2日、横浜シネマ・ジャック&ベティにて 構成:駒井憲嗣)
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鎌仲ひとみ プロフィール
映像作家。早稲田大学卒業と同時にドキュメンタリー映画制作の現場へ。90年最初の作品『スエチャおじさん』を監督、同年文化庁の助成を受けてカナダ国立映画制作所へ。95年帰国以来、フリーの映像作家としてテレビ、映画の監督をつとめる。2003年ドキュメンタリー映画『ヒバクシャ ―世界の終わりに』を監督。国内外で受賞、全国400ヶ所で上映。2006年『六ヶ所村ラプソディー』は国内外800ヶ所で上映。2010年『ミツバチの羽音と地球の回転』も全国700ヶ所での上映に加え、フランス・ドイツ・オーストラリア・インド・アメリカ・台湾など海外でも上映が進んでいる。2012年DVD『内部被ばくを生き抜く』発売開始。国内外900ヶ所で上映。2015年3月7日より新作『小さき声のカノン』が公開。多摩美術大学非常勤講師。京都造形芸術大学客員教授。
高遠菜穂子 プロフィール
イラク支援ボランティア。1970年北海道千歳市生まれ。2003年よりイラク支援を行い、ファルージャ再建プロジェクトに取り組む。著書に『戦争と平和?それでもイラク人を嫌いになれない』(講談社)、『愛してるってどういうの?』(文芸社)。
映画『小さき声のカノン―選択する人々』
渋谷アップリンク、横浜シネマ・ジャック&ベティ、仙台フォーラムにて上映中、
ほか全国順次公開
渋谷アップリンク、横浜シネマ・ジャック&ベティ、仙台フォーラムにて上映中、
ほか全国順次公開
監督:鎌仲ひとみ
プロデューサー:小泉修吉
音楽:Shing02
撮影:岩田まきこ
録音:河崎宏一
編集:青木亮
助監督:宮島裕
編集スタジオ:MJ
録音スタジオ:アクエリアム、東京テレビセンター
製作・配給:ぶんぶんフィルムズ
2014年/カラー/デジタル/119分
プロデューサー:小泉修吉
音楽:Shing02
撮影:岩田まきこ
録音:河崎宏一
編集:青木亮
助監督:宮島裕
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製作・配給:ぶんぶんフィルムズ
2014年/カラー/デジタル/119分
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