2016/01/13

(核の神話:9)農民が語る 汚染された米国の「真実」

2016年1月13日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ1442R8J14PTIL00B.html


米国の原爆開発「マンハッタン計画」の核開発拠点となったハンフォード。その周辺住民らの健康被害をメディアで告発して訴訟を起こし、米国内に「ヒバク博物館」を造るためのNPOをトリシャ・プリティキンさん(「核の神話:8」で紹介)らとともに立ち上げたハンフォードの「語り部」農民トム・ベイリーさん(68)に、ハンフォードと福島の共通点などについて聞いた。








 


福島第一原発事故後の2011年夏、原水爆禁止世界大会に招かれて長崎に行ったんだ。集会で日本人科学者が「福島の放射能は大丈夫。心配ない」と発言したから、俺は思った。「ばかじゃないか。原子炉が三つも爆発したんだぞ。自分は科学者じゃなくてただの農民だけど、大丈夫じゃないことくらいは分かる」と。

福島住民の放射線被曝(ひばく)の「許容線量」を上げておいて、日本政府は「心配ない」って言っているんだろう。ここハンフォードでも同じさ。40年にわたって「許容線量」を上げ続け、がんで施設周辺の住民が次々と死んでいるのに、科学者は「これは安全なレベルの放射能です」ってね。

確かに、ハンフォード周辺はワイン産地として売り出しているし、ジャガイモは日本のファストフード店用にも輸出しているよ。畑の緑の景色はきれいだから、放射能の危険性が見えなくなる。畑で働いているのは放射能について何も知らないメキシコ系移民たちが多い。危険性がわかっている科学者たちは自分の子どもや孫たちをここに住まわせたりしない。リタイアした裕福な老人たちには気候が良くて、いい所だがね。

「マンハッタン計画」が始まった1940年代、ハンフォード核施設では放射性廃棄物を敷地の土中に直接埋めていた。それが施設沿いを流れるコロンビア川に漏れて汚染した水を当時の住民は飲んでいた。さらに49年の「グリーン・ラン実験」で前代未聞の大量の放射性物質が意図的に大気中にぶちまけられた。ハンフォードは地球上で最も放射能に汚染された場所になったにもかかわらず、政府や企業はそのことをずっと隠し続けてきた。

施設の風下にあたるうちの近所一帯は「死の1マイル」だ。家族や友人らが、がんや白血病で次々と死んでいく。俺が4歳くらいのころ、金属製の箱を持った男たちがうちの庭に勝手に入って、シャベルで土をとっていた。ガイガーカウンター(放射線測定器)で放射線を測っていたんだろう。暑い日なのに、SFの宇宙服のようなものを着ていたのは、防護服だったのだろう。俺は子どものころから病気がちで、他の子どもたちとともに甲状腺や全身、血液の検査を定期的に受けさせられた。好奇心を抑えきれない科学者たちが、人間を家畜のように扱って、放射線の人体への影響を定点観測していたんだろう。日本に行ってショックだったのは、原爆障害調査委員会(ABCC)の医師らが広島・長崎の被爆者たちの検査をしながら治療をしていなかったと知らされたことだ。俺たちと同じじゃないか、と。

俺自身も皮膚がんを患い、無精子症と診断された。それでも子どもがほしかったから、国内外から7人の養子をもうけた。しかし、その遺伝していない養子たちにも放射能の影響がでている。俺の友達はほとんど亡くなり、きょうだいもがんを患っている。近所の女性たちは流産したり、奇形児を産んだり、世代を越えて被曝(ひばく)の影響が続いているんだ。

ログイン前の続き80年代後半にメディアで告発したり訴訟を起こしたりしてからは、「余計なことを言うな。地価が下がる」と嫌われ、銀行はカネを貸してくれなくなった。原子力産業の連中はずる賢い。俺たちの健康被害はたばこやアルコールや食生活が原因だと言って裁判を引き延ばし、放射能との因果関係は決して認めない。提訴から四半世紀が過ぎて、原告はあと50人ほどしか生き残っていない。裁判所も企業も原告全員が死ぬのを待っているとしか思えないね。

政府は風下住民には1銭もくれないし、裁判で正義がもたらされることもない。残された最後の手段が真実を語ること。それが「ヒバク博物館」構想だ。仲間と立ち上げたNPOの名称は「コア:CORE(Consequences of Radiation Exposure)」。「放射線被曝がもたらすもの」という意味だ。

世界のヒバクシャの真実を伝えるため、コアの国際広報を担うロバート・ジェイコブズ広島市立大准教授を窓口に広島・長崎の被爆者とも連携し、米国が日本人の子どもや女性たちに何をしたのかを米国人に知らせたい。そして、「マンハッタン計画」の核開発拠点周辺の米国人住民の健康被害、もちろんハンフォード風下の「死の1マイル」も紹介する。日本に落とされた原爆は2発だが、米国では100発以上が核実験で爆発した。放射性降下物が中西部全体に広がって、米国人ヒバクシャがたくさん生まれたことを後世に伝える。米国が水爆実験をした太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁のヒバクシャたちとの連携も視野に入れ、世界のヒバクを語る場所にしたい。

さらに「ヒバク博物館」では、放射能の影響についての最新の研究も紹介したい。日本政府は「福島の放射能は大丈夫」と言って、東京五輪を2020年に開こうとしていると聞く。おめでたいことだが、福島の住民はどうなるのか。放射能はにおいも味もないから、被曝していても自覚症状はない。当面は大丈夫だとしても、10年後、20年後はどうだろうか。がんは、ゆっくりとやってくる。

「核」をめぐる言葉づかいにも注意が必要だ。「nuclear」という英語は素晴らしい科学的成果というニュアンスがあるから、俺は代わりに「atomic」を使う。将来の人類までをも害するというニュアンスだ。秘密裏に核開発を計画・決定し、影響については「心配ない」と隠蔽(いんぺい)し続ける。「マンハッタン計画」国立歴史公園に、風下住民はお呼びでない。「atomic age(核時代)」の歴史を隠すプロパガンダだからだ。俺は忘れない。真実を語り続ける。

     ◇
たいなか・まさと 福山支局、ヘラルド朝日編集部、横浜・横須賀支局、外報部、中東アフリカ総局(カイロ)、国際報道部デスク、米ハーバード大客員研究員(フルブライト・ジャーナリスト)などを経て、核と人類取材センター記者として世界の核軍縮の動向を追う。(核と人類取材センター・田井中雅人)

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