2016/11/09

マガジン9より/ 牛山元美さんに聞いた(その2)

甲状腺がんの子どもや家族が抱える「言えない不安」

2016年11月9日 マガジン9より
http://www.magazine9.jp/article/konohito/30998/

小児甲状腺がんと診断される子どもが多くいる一方で、「県民健康調査検討委員会」では、県立医大を主体に行われている子どもたちの甲状腺検査を縮小してもよいのではないかという声が上がり始めています。(その1)でも紹介したように、原発事故後に福島県や関東で甲状腺エコー健診を実施してきた牛山元美先生は、その流れに異を唱えています。原発事故後、甲状腺がんを告知された患者やその家族の不安、そして今後「県民健康調査」はどうあるべきなのかについて、牛山先生に伺いました。


牛山元美(うしやま・もとみ)神奈川県にある、さがみ生協病院の内科医として勤務。二男の母。原発事故後、被ばくによる健康影響を気にする母たちの声に応えながら、関東や福島県で甲状腺エコー検診を実施。ベラルーシで、現地の医師による甲状腺検診研修も経験。関東子ども健康調査支援基金協力医。「3.11甲状腺がん子ども基金」顧問。

甲状腺がん患者やその家族への心のケアの必要性

牛山 今年3月、「県民健康調査」の在り方や、結果の評価を行うために県が設置している「『県民健康調査』検討委員会」が発表した中間とりまとめでは、福島県で小児甲状腺がんが多発していることが明記されました。

県内では、子どもだけでなく大人の甲状腺がんも増えているといわれ、県立医大での手術は数カ月から半年待ちというケースも珍しくありません。県外の医療機関でも手術を受けられるようにすれば、少しは待ち時間も短くなると思うのですが、なかなか実現せず……。

なかには告知のときに、「甲状腺がんは悪い病気じゃないから、手術は必ずしも必要ではありません」と言われた方もいます。でも、半年後に手術を受けると、手術を担当した別の医師から「なぜここまで放置したんですか。再発の可能性がありますよ」と言われ、まだ麻酔で眠っている子どもの隣で、親御さんは立ち尽くしてしまったそうです。

編集部 それは、あまりにもひどいですね。それでも、患者さんの多くは、県立医大で治療を受けるのですか。

牛山 福島県内では身近な人にも甲状腺がんのことを相談できないのが現状ですから、自らセカンドオピニオン先を探したりするのは相当難しいのです。例え話ではなく、本当に「藁にもすがる思い」で県立医大の医師を頼っているというのが、多くの患者さんの状況です。

編集部 なぜ福島県内では甲状腺がんのことを話しづらいのでしょうか? 被ばくリスクのある地域に住んでいれば、健康影響に関心が向くのは当然だと思うのですが……。

牛山 甲状腺がんのことだけでなく、「被ばく」や「放射能」そのものに対しても、口を重くせざるを得ない状況の表れだと思います。

例えば福島県は、夫婦ゲンカをしたとか、ご近所さんとちょっともめたとか、そういう場面で仲人さんが出てきて「まぁまぁ」ととりなすような、濃いつながりが生きている地域です。そこが魅力でもあるのですが、「今日、畑で採れたよー」とニコニコして野菜を持って来てくれるおじいちゃんに「放射性物質の測定はしたの?」とは、言えないじゃないですか。

すでに避難した人たちと、福島にとどまることを選択した人たちが悲しい分断に追いやられるなかで、とどまって暮らす人たちは「福島にリスクはない」という前提を受け入れざるを得ません。被ばくを避けるために、県外産の食べ物を求めたり、子どもを避難させたりすると「あの人は、福島が危険だと思っているんだ」という視線を向けられ、子どもが甲状腺がんと診断されれば、「原因は親にあるのだろう」と思われてしまいます。

編集部 どういうことでしょうか。

牛山 「現在、県内に健康影響を引き起こすような被ばくリスクは存在しない」という前提を多くの人が受け入れながら生活していますが、一方で、甲状腺がんは、事故直後の放射線量が際立って高かった限定的な期間に、外遊びをしたり、家庭菜園で採れたれた野菜を食べたりした子どもにだけ発症しているという考え方がある。本当に悲しいことに、「あなたが子どもを守らなかったんでしょう」と、親の責任が問われてしまうんです。

私も、これまでに会ったお母さんたちから「先生、子どもが甲状腺がんになったのは、私があのとき子どもと一緒に給水車に並んだからでしょうか」とか「あのとき部活を休ませなかったからでしょうか」と切羽詰まった表情で相談されたことがあります。

編集部 子どもの甲状腺がんの原因が、親の責任とされてしまう……。確かにそうした背景があると、周囲に相談するのは難しいですね。

牛山 患者となった子どもたちもまた、誰にも言えない不安を抱えています。「県民健康調査」では現在までに、173人の子どもが、がんまたはがんの疑いがあると診断されました。その多くは、事故当時15歳以上だった子どもです。現在は20歳前後で、それぞれに自分の将来を考える時期。「就職や結婚に、自分の病気がどう影響するのか」という不安を抱えながらも、人前では気丈にふるまおうとします。自分のことを、親がものすごく心配しているのが分かっているから、気を遣っているんです。

あまりにも、悲しいと思いませんか。患者さんやその家族の声は聞こえづらいかもしれないけれど、苦しみのサインは確かにある。そのサインを丁寧に見つけながら、具体的な解決策を探っていきたいです。

福島で甲状腺がんが多発。「だから検査を受けなくてよい」?


編集部 最近、「検査をするからがんを発見してしまう。子どもががんと診断されるのはあまりにショックだろうから、検査を受けない自由も保障するべきでは?」というトーンの報道が目立ち始めました。「県民健康調査検討委員会」でも、検査の規模縮小を視野に入れた検査体制の見直しに向けた議論が始まるとも言われています。

牛山 「県民健康調査」で疑い含めてがんと診断された173人の子どもたちはなぜがんになったのか、その原因も明らかにされないうちに検査を縮小させる方向で議論をするのには、違和感が拭えません。

ところが、福島県から保護者に送られる「県民健康調査」の通知には今年度から、「(今後の)甲状腺検査のお知らせは不要です」とチェックする欄が設けられています。これまでは、検査の受診を勧める言葉が添えられていたのに、その一言は削られてしまいました。今後、「検査を受けない権利」がさらに強調されていくのではと、強く懸念しています。

編集部 県立医大や「検討委員会」では、これまで過剰診断(検診によって、本来は治療する必要のない潜伏がんを見つけること)の可能性が指摘されてきました。「県民健康調査」によって、放っておいても発症せず、健康に影響のないがんが発見されているのではないかという主張が、「検査を受けない権利」を正当化する一つの根拠として語られることもあります。

牛山 しかし、すでに甲状腺がんを発症した子どもの中には、手術後の再発例や、ほかの臓器への転移が発覚した例もあります。

実際、県立医大で甲状腺がんの子どもたちの手術を担当している鈴木眞一医師が昨年発表したペーパーによれば、昨年3月末時点までに鈴木医師が手術をした患者のうち、がんがほかの部位へ転移せず広がっていなかったのは、全体のわずか8パーセント。残りの92パーセントの患者は、リンパ節転移などがみつかったのです。これらは当然、「放っておいても健康に影響がないケース」とは言えません。鈴木医師自身も、過剰診断や過剰治療の可能性を否定しています。

編集部 チェルノブイリでは、小児甲状腺がん患者が増えだしたのは事故から4年半~5年が過ぎたあたりからだと聞きました。

牛山 そうならないようにと願っていますが、もしかしたら今後日本でも、小児甲状腺がんがさらに増えるのかもしれません。より注意深く子どもたちの健康状態を検査すべきときに「県民健康調査」縮小への議論を進めるのは、あまりに拙速だと思うのです。

事故から5年半というタイミングで、大きな曲がり角にさしかかろうとしている「県民健康調査」の在り方に、どうか多くの方に目を向けてほしいです。私も、事故後にがんを告知された患者さんやその家族の声が、少しでも今後の検査体制に反映されるよう活動を続けていきます。

構成/片山幸子(エディ・ワン)・写真/マガジン9


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