2015年12月10日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASHD97F45HD9UBQU00R.html
東京電力福島第一原発事故がもたらす健康影響。肝心の被曝(ひばく)との関連はどこまで解明できるのか。
■《甲状腺がん》 推定に悪戦苦闘
原発事故当時、18歳以下だった約38万人を対象に福島県が実施する甲状腺検査。これまで計115人で甲状腺がんが確定した。
県検討委員会は「現時点で放射線の影響とは考えにくい」とする。だが、一人ひとりにどの程度の甲状腺への被曝があったか、実はわからない。密接に関係する放射性ヨウ素の半減期は8日。事故直後に測らなくてはならないが、データが決定的に不足している。
国の対策本部は2011年3月下旬、飯舘村と川俣町、いわき市で1千人余りの子どもを対象に甲状腺被曝の簡易測定をした。1080人分のデータから甲状腺がんのリスクが明らかに増える100ミリシーベルト超はなかったと判断する根拠になっている。だが精度が低く、当時の国の原子力安全委員会は「個人の健康影響やリスクを評価することは適切でない」とした。
また、簡易測定後の追跡調査については「本人や家族、地域社会に不安を与えるおそれがある」などの理由を付けて見送られたことが明らかになっている。
これ以外では、翌4月に浪江町と南相馬市の住民62人を対象に独自に調査した弘前大のデータなどがあるくらいだ。
事故から5年近くになる今も被曝量の推定について悪戦苦闘が続いている。
環境省の委託で推計するプロジェクトに取り組むのが放射線医学総合研究所(千葉県)のチーム。簡易測定による1080人分のデータや放射性物質の拡散シミュレーションなどをもとに、12年度に原発周辺の市町村ごとに1歳児と成人それぞれの被曝量を推定した。1歳児では最大30ミリシーベルトで、多くはもっと低い値だったという。ただ、自治体全体という大雑把な推定に加え、1割の人はそこに含まれないかもしれないという条件付きだ。
昨年度からは、簡易測定した1080人のうちの一部の人の事故直後の行動記録などをもとに推定の精度を上げる研究が進められている。
しかし課題は多い。拡散シミュレーションでは放射性ヨウ素を含むプルーム(放射性雲)の大まかな動きしか示せない。プルームが来た時に屋内や屋外などどこにいたかで被曝量は大きく変わる。呼吸で吸収したのか、食べ物と一緒に取り込んだのかでも異なる。
環境省のプロジェクトを統括する国際医療福祉大クリニックの鈴木元院長(放射線疫学)は「もう少し多くの人数を測定していれば、推定にこんな苦労をしないで済んだ。詳細な検査が必要だった」と振り返る一方で、「一人ひとりの被曝量をすべて推計することは非常に難しい」と話す。
県の甲状腺検査はこの先も続く。しかし、被曝との関係は解明できないままで終わる可能性がある。 (木村俊介)
■《白内障》 研究、足踏み状態
「白内障になる可能性がある初期変化が急激に増えたことが確認できた」
今年6月下旬、福島第一原発の作業員の目を調べた金沢医科大の研究報告書が国立保健医療科学院のホームページに公表された。
対象は、政府が「緊急作業」に指定した11年12月15日までに作業に従事して、全身の累積被曝量が50ミリシーベルトを超えた作業員。同大の研究者らが東電の実施する検診に立ち会い、水晶体を撮影して判定する。13年度からの3年間で約150万円の研究費が厚生労働省から出されている。
13年度に331人、14年度に510人を診断。その結果、水晶体の繊維のなかに水がたまっている人は、13年度の2・4%から、14年度は12・6%に増えた。こうした結果は9月の日本白内障学会でも発表された。研究代表の佐々木洋教授(眼科学)は「水は自然と消えることもあるが、白内障の初期変化の可能性もあり注意が必要」と話す。
白内障は、水晶体の初期の濁りも含めると50代では3~5割で見られ、年齢とともに高くなるという報告がある。1年間で割合が5倍に増えたのはなぜか。
国際放射線防護委員会(ICRP)は、水晶体局所に500ミリシーベルト以上被曝すると、白内障のリスクが高まるとする。しかし、確認された初期変化の「増加」に被曝が関係しているかはわからない。被曝(ひばく)量に関するデータが得られていないからだ。
作業員一人ひとりの年齢や13年度に検査を受けた331人のうち何人が翌年検査を受けたのかのデータも提供を受けていない。そのため一人ひとりの水晶体が1年間でどう変化したかという肝心なことがわからない。佐々木さんは「東電にはずっとデータを求めてきたが、まだもらえてない」と説明する。
データ提供の遅れについて東電広報部は「どのようなデータを提供すればいいかはっきりわからなかった。厚生労働省の研究なので渡さないということはない」と話す。今年夏ごろ、求められているデータが具体的にわかり、どんなデータを提供できるのかを「検討中」という。ただ、時期は「未定」としている。
一方、研究を支援する厚労省には、作業員の被曝量や年齢、業務の内容、検査の結果などをまとめた非公開のデータベースがある。厚労省の担当者は「データベースの利用についても申請があれば検討する」とする。
研究はまもなく最終3年目の撮影が終わろうとしている。
(富田洸平)
■《視点》 解明し続け、不安にこたえよ
今もって住民に甲状腺被曝の詳細な推定値を示せていない事態は、事故直後の手立てが十分でなかったことを改めて示している。
チェルノブイリ事故では、十数万人が甲状腺被曝の実測調査を受けたという報告がある。福島ではチェルノブイリのような深刻な被曝はなかったとされるが、データの質・量とも乏しいのが実情だ。
福島県内には、詳細に甲状腺への被曝を測定できる機器もあったが、第一原発近くに置かれていたため使えなかった。ここでも重大事故を想定していなかった「甘さ」が露呈している。
千人余りの簡易検査の後、「不安を与えるおそれがある」として詳細な検査が見送られた。だが、逆に放射線の影響について説明できていない現状では、住民の不安はいつまでたっても消えないのではないか。
それでも、残されたデータから何らかの知見を見いだし、後世に教訓を伝える必要がある。事故を起こした東電は研究に誠実に協力すべきだ。不安にこたえるためにも、結果をもとにリスクについて丁寧に説明し続けることが大切だ。それが、国と科学界全体に課せられた使命だと思う。
(木村俊介)
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