2016/02/19

自主避難で不眠・うつ 原告「東電は責任を」 賠償判決

2016年2月19日 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12216269.html?rm=150

未曽有の被害と混乱を招いた福島第一原発事故。18日の京都地裁判決は、生活を一変させられた自主避難者の訴えを受け止め、3千万円を超す賠償を東京電力に命じた。事故からまもなく5年。なお同じような境遇にある各地の避難者たちも歓迎の声を上げた。▼1面参照

「ほっとした。だが夫が働けない状況でずっと生活できるか、不安もある」。判決後、男性とともに原告となった妻が、精神的不調が続いているという夫に代わってコメントを出した。

原告代理人で元裁判官の井戸謙一弁護士も「現行の賠償枠組みに納得できない人たちに勇気を与える」と判決を評価。「原発事故の被害者には全く落ち度がない。損害は100%回復されるべきで、今回の賠償額はまだ少ない」と述べた。

男性と妻は福島県出身。原発事故当時、飲食店運営会社を経営し、約50人の従業員を抱えていた。事業も好調で、会社代表として月120万円の役員報酬を得ていた時期もあるという。

そんな日々は2011年3月の事故で一変した。原発をめぐる状況が刻々と悪化し、情報も混乱する中、幼い子どもたちの被曝(ひばく)を恐れて避難を決意。2~3日分の着替えや子ども用のおむつ、通帳などをとりあえず手に、着の身着のままで車を走らせたという。

県外のホテルや賃貸住宅を転々としたが、当分の間は幼子を連れて帰れる状況ではないと判断し、翌4月には会社の社長を辞任。5月に京都市内のマンションにようやく落ち着いた。

しかし、新たな土地での生活や先行きへの不安、ストレスなどから心身に不調をきたし、夏ごろから部屋に一日中閉じこもるようになった。不眠症になり、うつ病も発症。こんな苦しみや損失への完全な賠償なくして、東電は社会的責任を果たしたといえるのか――。そんな思いで東電への訴訟に踏み切った。

現在、14年に京都地裁が認めた月40万円の仮払金が東電から支払われている。一家5人の生活は決して楽ではない。今回の判決が平穏な生活を取り戻すきっかけになれば、と妻は願う。「東電と国は、しっかり責任をとってもらいたい」
 (米田優人)

■「支援のあり方、見直して」
「画期的な判決だと思います。私たちもまさに同じ状況。救済して欲しい」

伊波寿子さん(46)は夫(52)と子ども5人とともに福島県川俣町から香川県小豆島町へ自主避難している。夫は避難生活を始めてストレスでうつになり、今も他人に会うのは難しい。寿子さんが1人でスペイン料理店を営み生計を立てている。

川俣町の自宅は昨年、1回の除染で十分に放射線量が下がらず、町が2度目の除染をした。「生活用水は地下水で子どもを連れて帰れない。それなのに避難指示区域にならずに精神的にも経済的にも負担を強いられている」と訴える。

夫(49)を福島市に残し、母子3人で山形市に避難している女性(43)は「判決で原発事故の影響を怖がることを認めてもらえた気がする。自主避難者への公的支援は乏しい。判決が支援のあり方を見直すきっかけになってほしい」と話す。放射能への不安によるストレスもあり、お金もかかるが健康への不安を二の次にするつもりはない。

全国で避難者が起こしている訴訟の弁護団でつくる「原発事故全国弁護団連絡会」の代表世話人を務める米倉勉弁護士は「自主避難への賠償を一部認めた点は評価できるが、東京電力が賠償すべき期間を限定し、『年間被曝(ひばく)量が20ミリシーベルト以下なら避難の必要はなかった』とした点などは大いに問題で、受け入れがたい判決だ」と話した。

首都圏の避難者らでつくる「ひなん生活をまもる会」代表の鴨下祐也さん(47)は「子どもの損害が認められていないなど判決には疑問点もある」と指摘する。

鴨下さんは福島県いわき市から家族4人で東京都内に避難。13年3月、自主避難している3世帯8人で国と東京電力を相手取り損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。原告は約280人に増え口頭弁論が続く。鴨下さんは「被害は終わっていない。放射能汚染が続き今も戻れる状況ではないことを訴えていきたい」と話す。


■判決精査し対応
東電広報室の談話 事故により福島県民の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに大変なご迷惑をお掛けしていることを改めて心からおわび申し上げます。判決の内容を精査した上で、引き続き真摯(しんし)に対応してまいります。

■<考論>状況に応じた賠償を
原発事故の賠償問題に詳しい除本理史(よけもとまさふみ)・大阪市立大教授(環境政策論)の話 東京電力による現行の賠償の枠組みは、強制的に避難させられた人と自主的に避難した人との間に格差がありすぎる。判決は、自主避難者らへの機械的な対応を招いてきた枠組み自体を問い直したもので、他の自主避難者らの救済拡大にもつながる可能性がある。今後は各避難者の被害状況を丁寧に拾い上げ、それに見合った賠償の方法を新たに考えていく必要がある。東電や国は判決を受け止め、被害実態に即したより柔軟な賠償方法を検討すべきだ。

■<考論>再稼働にも同じ問題
原発のコストに詳しい大島堅一・立命館大教授(環境経済学)の話 国側は東京電力への援助資金の上限を9兆円と定め、賠償金などをその枠内に収めようとしており、判決で国や東電がすぐに態度を改めるとは考えにくい。だが、心身の不調が続く避難者は多く、今後も賠償金は多額になっていくだろう。援助資金は原発を持つ各電力会社が分担して返すため電気料金の値上げに跳ね返る可能性もある。事故が起きれば後から膨大なコストがかかる。今進んでいる他の原発の再稼働についても同じ問題として考える必要がある。



▼1面

原発事故の自主避難、東電に賠償命令 夫婦へ計3046万円

2016年2月19日 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJ2M351CJ2MUBQU008.html?rm=773

東京電力福島第一原発の事故後、福島県から京都市に自主避難した元会社経営者の40代男性と妻子4人が約1億8千万円の損害賠償を東電に求めた訴訟の判決が18日、京都地裁であった。三木昌之裁判長は、自主避難者の個別事情を重視。男性は事故が原因で不眠症やうつ病になって働けなくなったと認定し、男性と妻に計3046万円を支払うよう東電に命じた。

東電や国に対する裁判を支援している「原発事故全国弁護団連絡会」によると、避難者らが起こした集団訴訟は福島や東京、大阪など全国21地裁・支部(原告約1万人)で続いているが、自主避難者への賠償が裁判で認められたのは把握する限り初めてという。

判決は、東電が賠償基準の前提とする国の原子力損害賠償紛争審査会の指針について「類型化が可能な損害項目や範囲を示したものに過ぎない」と指摘。事故と因果関係のある被害は、個別事情に応じて賠償すべきだとの考え方を示した。自主避難者に対しては一律・定額を基本としてきた東電の賠償の枠組みを厳しく問う司法判断となった。

判決によると、男性は2011年3月の事故当時、福島県内に家族と住み、妻と飲食店運営会社を経営。自宅は避難指示区域の外側にあり、東電がのちに自主避難の賠償対象区域とした。男性は事故数日後に家族と県外へ避難し、ホテルなどを転々とした末に同5月から京都市のマンションへ。そのころから心身の不調が現れた。

判決は、男性は故郷を離れ、会社の代表も辞めざるを得なくなって強度のストレスを受けたと認定。不眠やうつ病は事故が一因と認め、男性と妻が事故前に得ていた役員報酬額(月平均40万~76万円)の一部を休業損害として償うべきだと判断した。子ども3人については、自主避難区域の賠償基準に沿って東電が一家に払った賠償金計292万円で損害が償われているとして請求を退けた。

自主避難それ自体については「事故による危険性が残り、情報が混乱している間は相当」と言及。放射線量が一定程度に落ち着き、情報の混乱も収まった12年8月までの間は、避難先の家賃相当額も東電に負担する責任がある、と述べた。
(米田優人)

■原発避難、個別事情に配慮
自主避難者への賠償を一部認めた18日の判決は、同じ避難者であっても、国の避難指示が出た地域にいたかどうかで、賠償額が桁違いになる「格差」の問題に、一石を投じた。

例えば、慰謝料は避難指示区域内の住民に1人計840万円以上が支払われるが、区域外の自主避難者は数十万円にとどまる。区域外で線量の高い地域はあったが、国も東電も賠償では避難指示を出した地域かどうかにこだわった。判決は自主避難者の「個別の事情」にも配慮した。

政府は原発再稼働を進めるなか、賠償制度も見直す考えだ。その際に「賠償格差」をどう解消するかは重要なポイントになる。

判決は、避難した子どもへの慰謝料の追加や、避難先でなじめず転居した費用などは認めなかった。自主避難者の多くが今も子どもの被曝(ひばく)に不安を抱き、引っ越しの連続で家計が苦しい現実を考えると、厳しい内容だ。ただ、こうした点も制度の見直しによって救済は可能になる。自主避難者を「冷遇」してきた国の姿勢が問われている。
(編集委員・大月規義)

【自主避難の賠償】 福島第一原発事故で国が避難指示などを出した区域の外側にある福島県内の23市町村が対象区域。国の原子力損害賠償紛争審査会が示した指針に基づき、東電が避難指示区域などとは別の賠償基準をこのエリアに設けた。避難した場合、大人12万円、妊婦・子ども64万~72万円が賠償される。このエリアのほか、賠償の対象はのちに福島県南部の9市町村と宮城県丸森町も加えられた。福島県によると、県全体の避難者は約10万人。賠償対象区域の外側も含め、自主的に避難している人は推計約1万8千人。

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