2016/03/06

「これは夢だ」と思った 岐阜に移住の被災児童が作文

2016年3月6日  岐阜新聞
http://www.gifu-np.co.jp/hot/20160306/201603061309_10176.shtml

「『これは現実じゃない。夢だ』と思った」「普通の何でもない日々が実は幸せだと知った」-。東日本大震災の発生5年を前に、岐阜市神田町の円徳寺で5日、福島県から岐阜県内へ移住した子どもたちが、この5年間を振り返った作文が発表された。震災の衝撃は消せないが、普通の日々を過ごせる喜びを自らの言葉でつづったもの。子どもたちは前を向き、着実に歩んでいるようだ。

「この5年間を振り返ってみよう」。被災地から同市に避難・移住した子どもたちの学習支援「てらこや無償塾」を開く「岐阜キッズな(絆)支援室」の若岡ます美代表は今年1月、間もなく小学校を卒業する児童3人に初めてこう持ちかけた。心のケアのために、5年という節目となる今こそ自分たちの言葉で表現させたかったからだという。

震災当時は小1で環境の変化に混乱していた3人だったが、岐阜での暮らしで徐々に落ち着きを取り戻したという。3人は当初、気持ちの整理がつかなかったようだが、いざ原稿用紙に向き合うと5年間の思いが一気にあふれ出たかのように、あっという間に作文を書き上げた。

震災当時を振り返ってつづった作文を読み上げる中村弘典君
=5日午後1時55分、岐阜市神田町、円徳寺

作文は、支援室と同寺が同日開いた震災犠牲者の追悼法要の席で発表された。

福島県出身の中村弘典君は、小学校で地震に遭遇し、マンホールから水があふれ、地面にひびが入る光景に、「見たことも無いことに、とてもびっくりした」と当時の衝撃を振り返った。その後も「いきなり『マスクをして出掛けなさい』」と親に言われた戸惑いや、「放射能から逃れるため群馬に、その後岐阜に来た」と転々とした日々を振り返り、「地震は恐ろしい。(原発被害が)二度と起きないよう、政府はきちんと対応して」と訴えた。

若岡代表は「子どもたちは『発表できてよかった』とすっきりした表情だった。いい機会になったと思う」と目を細めた。

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