2016/01/07

避難の苦悩 聞き役…精神対話士 米同時テロ、児童殺傷 家族失った2人

2016年01月07日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/matome/shinsai5/20160106-OYT8T50139.html

東京臨海部の再開発地区にそびえる36階建て国家公務員宿舎「東雲しののめ住宅」。東日本大震災の被災者約1000人が暮らすこのビルで、昨年12月上旬、心のケアのための相談会が開かれた。

「困っていることはないよ」。原発事故で福島県を追われた60歳代の男性の声は明るい。ボランティアで訪れた精神対話士※の杉山晴美さん(50)と本郷由美子さん(49)を相手に世間話を続けたが、ふと本音も漏れた。「ここではいつも周りから見られている気がして、言いたいことも言えない」

原発事故による避難者の話に耳を傾ける精神対話士の杉山晴美さん(中央)と本郷由美子さん(昨年12月6日、東京都江東区の東雲住宅で)=若杉和希撮影 
復興庁によると、震災や原発事故を受けて被災3県から県外に避難している人は、昨年末時点で約5万2000人。長期避難でストレスは高まり、疎外感を抱く人も多い。東雲住宅では2013年、避難者が孤独死しているのが見つかった。

ただ、杉山さんと本郷さんは、男性の悩みに必要以上に踏み込まなかった。15年前にそれぞれの家族を奪われ、言葉はなくても寄り添ってもらえることが一番救われると知ったからだ。自分の身の上を話すことも、まずない。 

01年9月11日。杉山さんは、米ニューヨーク市郊外の自宅にいた。銀行員だった夫・陽一さん(当時34歳)が働く超高層ビルに、航空機が突入する映像をテレビで見た。「どうして、どうして!」。2人の子供を抱きながら叫び、泣いた。
杉山陽一さん(杉山さん提供) 
三男を妊娠中の体で、がれきになったビル周辺の病院などを捜し回ったが、安否はわからない。打ちひしがれて泣いていると、胸にボランティアの身分証をさげた女性がそっと肩を抱いてくれた。英語での励ましはよく意味が分からなかったが、その腕から「すごく気持ちが伝わってきて、ありがたかった」と振り返る。

「自分も誰かを支える側に回りたい」。10年秋に精神対話士の資格を取得。翌11年3月に震災が起きた。同年8月、メンタルケア協会による支援活動で、宮城県塩釜市の離島を訪れた。

津波で流されずに残った家に、黙ってがれきを眺める高齢の男性がいた。何日も通い、「みんないなくなった」「夜が怖い」といった言葉を聞き続けると、訪問を喜ぶようになった。

本郷さんは、01年6月に児童8人が殺害された大阪教育大付属池田小事件で、長女の優希ちゃん(当時7歳)を亡くした。

事件直後、学校側から専門家によるケアを打診された時に、学校まで来るよう言われたことに疑問を感じていたという。「事件現場でケアを受ける気にはなれなかった」からだ。

そんな時、ケアを必要とする人のもとへ自ら出向く精神対話士の存在を知り、05年に資格を取得した。兵庫県に住んでいた時、阪神大震災でマンションが半壊。東日本大震災は人ごとと思えなかった。

次女の進学で東京へ転居したのを機に、昨年6月頃から同協会による東雲住宅の支援に加わった。12年秋から同住宅に通い続ける杉山さんとは、ケアの現場でたびたび一緒になっている。

2人は同住宅で戸別訪問も行うが、断られることも少なくない。「東北の人は、自分より大変な人がいるからと我慢しがち。つらい時はつらいと言える『避難所』に私たちがならないと」。杉山さんはそう話す。

3・11の震災の際、杉山さんはニューヨークでの記憶がよみがえり、泣き崩れた。「忘れたと思っても、心の奥に入り込んでいるだけだ」と身にしみて分かった。だからこそ、避難者の心を支える活動はこれからが大切だと思う。

本郷さんは「生きることの強さを優希から教わった」と言う。優希ちゃんの血痕の長さは、刺された場所から68歩分あった。最期まであきらめなかった娘を思いながら、ビルの中の被災者を訪ね続ける。

県外避難者85%が福島

被災3県からの県外避難者の85%は福島県からが占める。同県が全国の支援団体に出した15年度の補助額は約3500万円と、ピークの13年度の半分未満に減少した。県避難者支援課は、「カウンセリングなどの需要は今も多いが、避難者が参加する交流会などが減っているため」と分析する。丹波史紀・福島大准教授(社会福祉論)は「支援団体は財源や人員不足で撤退、縮小を余儀なくされている。支援のノウハウを共有するなど連携を強化し、避難の長期化に対応する必要がある」と指摘している。(土方慎二)
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※精神対話士 1993年に医師らが設立した一般財団法人・メンタルケア協会(東京)の民間資格。講習受講後に平均合格率15%の試験があり、現在の有資格者は約950人。

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