2016年2月16日 河北新報
数多くの被災者が、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故のため、住み慣れた土地を離れた。いや応なく避難を強いられ戻るに戻れない人、考え抜いた末に移住を決断した人…。被災が変えた自らの人生と向き合い、それぞれが古里への思いを胸に今を生きる。
◎古里を離れて(1)宮城県大河原町→北海道旭川市 長尾英次さん
北海道旭川市の商店街に昨年暮れ、家族の未来を託したチーズ専門店の明かりがともった。
宮城県大河原町から移住した店主の長尾英次さん(43)は「試行錯誤の連続で泊まり込む日もある」と慌ただしく手を動かす。
旭川市は妻絵里子さん(40)の生まれ故郷。2011年2月27日に実家で次男(4)を出産した。
2週間もたたないうちに東日本大震災と福島第1原発事故が起きた。絵里子さんは被ばくリスクへの不安から長男(8)、次男と実家にとどまった。
英次さんは働いていた宮城県蔵王町の蔵王酪農センターを14年9月末に退職して合流。経営の基礎を学びながら開店にこぎ着けた。
店名は「ジャパチーズ旭川」。より多くの日本人にチーズを親しんでほしいとの願いを込めた。
雪が積もる商店街にチーズ専門店を構えた長尾さん夫妻。
家族の幸せを求めて北の大地に移住した=1月20日、北海道旭川市
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原発事故が起こるまでは順調な人生だった。
同僚だった絵里子さんと06年に結婚し、翌年に長男が生まれた。「酪農センターの職場が好きだったし、定年退職まで働くつもりだった」。2人目の子も授かり、さらに幸せな暮らしに想像を膨らませていたところだった。
それが原発事故で放射性物質が大河原町にも飛散してしまった。自宅の軒下のまきからは指定廃棄物相当の1キログラム当たり8000ベクレル超の値が検出された。
旭川にいる絵里子さんは、安心して子育てできるかどうか心配になった。被ばくに関して宮城県は福島県より早く落ち着きを取り戻しているように感じ、「不安に思うことさえ周囲と共有できないのではないか」と懸念した。
英次さんは戸惑い、説得を試みた。東北大の教授の講演では手を挙げて質問。人体への影響が少ないというデータを集めて絵里子さんに伝えたが、話し合いはいつも平行線をたどった。
電話や手紙でやりとりしながら3、4カ月に1度は会いに行った。格安飛行機やフェリーを使っても2年が過ぎたころには貯金が底を突いてきた。
精神的にもめいり、自宅のパソコンで放射線情報を調べながらウイスキーで酔いつぶれた。次第に表情が暗くなり、洗面台の鏡の前で笑う練習をしてから出勤するようになった。
家族にとっての幸せは何か。単なる意地の張り合いなのか。息子たちに苦労を掛けていないか。
悩み抜いた結論として13年末、絵里子さんに「旭川に行く」と告げた。
選んだ道が正解かどうかはまだ分からないが、家族との生活は元に戻った。
開店の日、長男はうれしくて店の宣伝カードを学校で配った。休みの日はチーズ作りを手伝ってくれる。
「まずはこの生活を続けたい」と英次さん。あの日からもうすぐ5年。ささやかな日常のありがたみを胸に新天地で奮闘する。(鈴木拓也)
同僚だった絵里子さんと06年に結婚し、翌年に長男が生まれた。「酪農センターの職場が好きだったし、定年退職まで働くつもりだった」。2人目の子も授かり、さらに幸せな暮らしに想像を膨らませていたところだった。
それが原発事故で放射性物質が大河原町にも飛散してしまった。自宅の軒下のまきからは指定廃棄物相当の1キログラム当たり8000ベクレル超の値が検出された。
旭川にいる絵里子さんは、安心して子育てできるかどうか心配になった。被ばくに関して宮城県は福島県より早く落ち着きを取り戻しているように感じ、「不安に思うことさえ周囲と共有できないのではないか」と懸念した。
英次さんは戸惑い、説得を試みた。東北大の教授の講演では手を挙げて質問。人体への影響が少ないというデータを集めて絵里子さんに伝えたが、話し合いはいつも平行線をたどった。
電話や手紙でやりとりしながら3、4カ月に1度は会いに行った。格安飛行機やフェリーを使っても2年が過ぎたころには貯金が底を突いてきた。
精神的にもめいり、自宅のパソコンで放射線情報を調べながらウイスキーで酔いつぶれた。次第に表情が暗くなり、洗面台の鏡の前で笑う練習をしてから出勤するようになった。
英次さんは次男の誕生と1週間の成育を見届け、単身で宮城県に帰った。
数カ月後には妻子も戻るはずだった=2011年3月6日、北海道旭川市
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悩み抜いた結論として13年末、絵里子さんに「旭川に行く」と告げた。
選んだ道が正解かどうかはまだ分からないが、家族との生活は元に戻った。
開店の日、長男はうれしくて店の宣伝カードを学校で配った。休みの日はチーズ作りを手伝ってくれる。
「まずはこの生活を続けたい」と英次さん。あの日からもうすぐ5年。ささやかな日常のありがたみを胸に新天地で奮闘する。(鈴木拓也)
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