http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016020902000126.html
福島原発事故から間もなく5年。子どもの被ばくを心配し、避難を決断した自主避難者たちにとり、事故の被害は現在進行形だ。とりわけ、事故を過去形に押し込めるような帰還圧力や行政支援の先細りで、生活不安は増している。「子どもへの放射線影響を案じて避難した」住民らが追いやられ、事故を起こした電力会社の刑事責任が問われないという不条理。都内で暮らす自主避難者に聞いた。 (榊原崇仁、中山洋子)
原発事故5年 支援先細り 疲れ切る 自主避難母子
避難者名乗れず 「心も家計もギリギリ」
「自主避難した母子避難者たちはいま、どんどん追い踏められている。心も家計もギリギりなんです」
都内の都営住宅で、福島県中通り地域から自主避難している女性(四二)がそう切り出した。
福島への帰還を促す風当たりも強まっていると感じる。「心配することが多すぎて、母親たちは疲れ切っている。どうか路頭に迷わせないでほしい」
原発事故が起きたとき、妊娠二カ月だった。事故の翌月の二O一一年四月に福島に夫を残して神奈川県の友人宅に自主避難し、首都圏を転々と避難しながら同年十一月に長男を出産。翌一二年二月になり、ようやく「みなし仮設住宅」として無償提供されている都営住宅に落ち着いた。
この女性は「自主避難する以前に住んでいた福島県内の実家は、木造家屋だった。妊娠中にどれだけ初期被ばくをしたかと思うと、避難してからもずっと不安だった」と振り返る。長引く避難で離れて暮らす夫との関係もこじれ、一四年夏に離婚した。「離婚をしないと、子どもを守れない。悩み苦しんだ末の決断でした」
彼女に限らず、夫や子どもの祖父母たちと放射線の健康被害について、意見が対立して苦しむ母親は少なくなく、「原発離婚」にいたるケースも絶えない。
「その場合、子育てしながら働きたくとも、子どもを預ける場所がない。もうどうしていいか、分からない気分に陥ります」
母子避難者らの場合、夫が福島で定職を持ち、住宅ローンを抱えているケースが多いという。「原発事故で資産価値は暴落。それでもローンは払い続けなければならない。そのために仕事を辞められない。家族で移住したくても、大量に残っているローンのために夫が福島に縛られている」
母子避難者の困窮を知ってほしいと、女性はペンネームで、集会やシンポジウムで母子避難者の現状を伝えている。特に深刻なのが「保育所問題」だ。
「都内に避難して、区役所に行くと『東京では私立の幼稚園に通わせるのが一般的』と言われて驚いた。区立の保育園はわずかしかない。三年間行政に通い続けて、ようやく息子を入れることができた」
母子家庭は優先されやすいが、夫が福島にいる母子避難者にはほぼ私立幼稚園しか残されていない。預かる時間が短く、働きに出るには不十分だが、その私立すら入園待ちが五十人というケースはざらという。
避難中は保育費の補助も受けられるが「高い私立幼稚園の費用を払っているママ友には『無料で通わせているなんて、絶対に言えない』とこぼすお母さんもいる。子どもがいじめられることの怖さと併せ、だんだん自分たちのことを事故の避難者だと名乗れなくなっている」と話す。
帰還圧力 高まる一方
「誰の責任か」
とりわけ、母子避難者たちを苦しめているのは「みなし仮設住宅」の無償提供を来年三月で打ち切る福島県の方針だ。打ち切り後の家賃補助も二年ほどで終了する見通しだ。
「多くの場合、福島と首都圏を往復する二重生活でお金がかさむ。貯金を切り崩しながら耐えている人がほとんど。住宅補助がなくなったら、とても東京の家賃は払えない。『もう死ぬしかない』と悲観するお母さんすらいる」
住み続けることが困難な場合、母子は再び転居を迫られる。「ようやく地域に定着したのに、またゼロからやり直しになる。なにより、子どもが転園や転校しなければならなくなる。これ以上、子どもたちを振り回さないでほしい」
国や県は「除染が進み、生活環境が整ってきた」として帰還を促すが、真に受ける被災者は少ない。
「そもそも自宅の除染はずっと後回し。何年もかかって順番が回ってきても業者がずさんで『意味がない』と怒っている人もいる。山間部の人は『除染は無理』と締めている」
二O二O年の東京五輪は基本方針に「復興五輸」を掲げる。対外アピールの陰で、避難者への支援を縮小している状況に、女性は「五輪のために首都圏から避難者はいなくなってほしいということか」と憤る。
「福島に残っている母親たちも、子どもがロにするものに気を配りながら、涙ぐましい努力をしている。被ばくを前提に子育てをしたり、家族がバラバラにならなくてはいけないのはいったい誰のせいなのか」
なお7000世帯1万8000人
県の住宅無償提供 来春で打ち切りヘ
福島県の推計では、避難指示区域以外からの自主的な避難住民は約七千世帯、約一万八千人に上る。避難指示区域からの避難者と違い、東京電力からの月額十万円の精神的損害賠償(慰謝料)は支払われない。
多くの自主避難者が生活する新潟市の中山均市議は「新潟県内の自治体などを調べると、震災で避難している子育て世帯は、低所得世帯向けの就学媛助を受ける割合が通常よりも多いことが分かった。とりわけ、支援が乏しいのが、原発事故の自主避難者たちだ」と話す。
こうした状況がありながら福島県は昨年六月、避難者に対して行ってきた住宅の無償提供のうち、自主避難者分はニO一七年三月末で打ち切る方針を決めた。避難指示区域以外は、インフラ整備や除染が進んだということが理由となっている。
県は自主避難の継続を希望する人たちに対し、一九年三月末まで低所得者向けに家賃補助をする予定だが、補助額は最大で月三万円にとどまる見込みだ。
自主避難者を含む原発被災者の支媛の充実を求める法律もあるにはある。民主党政権時代の一二年六月に議員立法で成立した「子ども・被災者支援法」だ。
第一条で「放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」という前提を記した上で、原発被災者の避難の権利を認め、「適切に支援するものでなければならない」としている。
だが、具体的な支援策を示す基本方針が閣議決定されたのは自民党が政権復帰した後の一三年十月。さらに昨年八月、基本方針は改定され、当初の目的は失われたに等しい。
ここでは避雛指示区域以外の空間線量は事故発生時と比べて大幅に低減したとして、「新たに避難する状況にはない」と記述。住宅無償提供の打ち切りも、状況と整合していると指摘している。
((((デスクメモ))))
福島原発事故後、急浮上したのが、科学的根拠に乏しい「一00ミリシーベルト以下の被ばくなら、がんは発生しない」というしきい値論だった。これが不安を「風評」という言葉で封じる素地になった。本来なら、科学的な議論で対処すべき場面なのにだ。「神国日本」「非国民」。そうした言葉の根元が垣間見えた。(牧)
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