http://digital.asahi.com/articles/DA3S11894336.html
東京電力福島第一原発の事故で環境中に放出された放射性物質はどこへ行ったのか。見えない放射線を「見える化」するさまざまな手法で、マクロの広がりからミクロの動きまで、ずいぶん詳しくわかるようになってきた。
6月中旬、東京都文京区の東京大農学部キャンパス。放射線を扱える建物地下の部屋で、森敏名誉教授(植物栄養学)が福島県浪江町内で回収されたヤマガラの巣を薄い板に押し当てていた。オートラジオグラフィーという手法で、放射性物質がどう付着しているかを「見える化」するためだ。
薄い板は、放射線を受けると内部が変質するイメージングプレートと呼ばれる感光体。専用のスキャナーで読み取ると、受けた放射線が強いほど黒く写る。もともとはフィルムを現像して画像化していたが、1980年代にデジタル化された。
巣はコケや羽毛が付いた直径20センチほどの塊。45時間ほど感光板に当てた画像を見ると、コケに放射性物質がたくさんついていたが、羽毛には少なかった。
マツタケ、軍手、はさみ……。これまで写してきたものの多くは、つき方にムラが目立った。はさみは、さびた刃の部分だけが極端に黒かった。「さびのでこぼこがあって、くっつきやすいのだろう。植物でも葉の葉脈や枝の分かれ目などにつきやすい」と森さんは言う。
日本原子力研究開発機構(JAEA)が事故から2年後に採取した汚染地域のスギの枝を調べると、事故後に伸びた枝の先がうっすらと黒くなっていた。大貫敏彦上席研究主席(放射化学)は「放射性物質は外側についているだけでない。内部に吸収されたものが運ばれ、活発に成長している新しい枝に集まった」と推測する。
■汚染図も詳細に
放射性物質は五感でとらえられない。原発事故直後は、どこまで、どのように広がったかを地図のように「見える化」することが急務だった。
米エネルギー省は事故から数日のうちに福島県東部に測定器を積んだ航空機を飛ばし、放射性物質が沈着した地域が原発から北西方向へ帯状に伸びていることを把握した。しかし上空高くから計測するため、大づかみの傾向しか分からない。その後、JAEAなどは無人ヘリによる計測を導入。高さ約10メートルから細かく測れるようになった。
ピンポイントの空間線量を地上で測る放射線測定器も、測定点を多くすれば地図作りに役立つ。除染の前後で測り、放射性物質が側溝や雨どいの下などに集まりやすいことを明らかにしたのも、この計測だった。
農作物に取り込まれた放射性物質はどこへ行くのか。東京大の広瀬農(あつし)特任助教(放射線植物生理学)は放射性セシウムを吸わせたイネから収穫したコメを輪切りにして、オートラジオグラフィーで分布を調べた。開花後すぐはコメ全体に広がったが、コメが大きくなる9日後ごろから、周囲のぬかになる部分に集まっていった。
「セシウムがぬかに集まることは知られていたが、ぬかにたどり着くまでの動きが分かった。セシウムはカリウムに似た動きをしているようだ」と広瀬さん。動きが分かることで、そもそもコメにセシウムを移さない研究につながるという。
■動画で動き追う
放射性物質はもともと研究用の「標識」として使われてきた。出てくる放射線を目印にして物質の動きを追えるからだ。
JAEA量子ビーム応用研究センターの藤巻秀グループリーダー(植物栄養学)らは、植物の中を動く放射性物質を動画でとらえる新手法を開発した。医療で使われるPET(陽電子放射断層撮影)の技術を応用し、植物を栽培したまま見ることができる。
この手法で、海水と淡水が混じる汽水域で育つヨシがなぜ塩分に強いのか調べた。塩分の標識として放射性ナトリウムを使い、ヨシと塩分に弱いイネに吸わせて動きを比べると、イネは根から茎へ移っていったが、ヨシは茎の付け根から上には行かなかった。同じイネ科だがヨシは根から排出していた。「これを応用して塩分に強いイネをつくり出せれば、イネが栽培できる場所が広がり、食糧事情が変わる」と藤巻さんは話す。
二酸化炭素を取り込んだ植物が光合成する仕組みの研究、エンジンの中を見る非破壊検査。放射性物質を標識に利用した分野は多い。こうした技術の蓄積が原発事故後の「見える化」で応用された。
中西友子・東京大教授(放射線植物生理学)は「放射性物質の動きが分かると効果的な除染ができる。また、今回の汚染を詳しく調べて知識を蓄えておくことで、次の事故が起きた場合にすぐに対応できる」と話している。(木村俊介)
<放射性セシウム> 原発事故で出る放射性物質のうち環境への影響が最も大きいとされるのがセシウムだ。半減期がセシウム134は約2年、同137は約30年で徐々に減っているが、ヨウ素の約8日より長い。広範囲に降って土などに固着している。
<標識の作り方> 研究用の標識に使う放射性物質は、高速で原子同士を衝突させる加速器などを使って人工的につくり出す。放射線を出すこと以外は通常の原子と同じ振る舞いをするため、影響をほとんど及ぼすことなく物質の動きをとらえることができる。
<オートラジオグラフィ> 試料から出てくる放射線を感光体に写しだし、放射性物質のありかを探る手法。同じように感光体を使うX線撮影では、体の外から当てた放射線が透過しなかった白っぽい部分に注目するのに対し、オートラジオグラフィでは逆に黒く写った部分が重要になる。
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