2016/04/30

小6発案の復興マラソン、全国から2千人 福島・川内

2016年4月30日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ4W54FMJ4WUGTB008.html 

東京電力福島第一原発事故で今も一部が避難指示区域になっている福島県川内村で30日、市民マラソン大会があった。村ににぎわいを取り戻そうと、地元の小学生が発案した。避難先から戻った村民の人数を上回る2千人近くが全国から集まり、参加者は新緑の山村を駆け抜けた。

ハーフマラソンの部で一斉にスタートするランナーたち
=30日午前11時、福島県川内村、岡本進撮影 

「こんなにたくさんの人が村に来てくれてうれしい。帰ったら周りの人に川内の話をして下さい」

開会式で、川内中学1年の遠藤大翔(ひろと)君(12)が述べた。その後5キロマラソンを走った。

福島第一原発の南西約20キロの川内村は、事故後一時全村避難した。村の一部に出ている避難指示は6月にすべて解除される見通し。だが、事故前約3千人いた村民のうち、戻ったのは約1700人にとどまる。

大会の開催は昨年11月、小学6年生だった遠藤君が村に提案したのがきっかけだった。村に多くの人を呼び込むには、どうすればいいか。小学3年生の頃から県内各地の大会で走ってきた遠藤君が考えたのがマラソン大会だった。遠藤君は特別講師として小学校に来た村役場の総務課長に提案し、村幹部らが実現にこぎ着けた。

村外のランナー約1200人のうち半数は県外からで、北海道から沖縄まで35都道府県に及ぶ。家族らを含めると2千人近い。名前が縁で交流を続けている、公務員ランナーの川内優輝選手も参加。小学生らが給水所などでボランティアを務めた。

ハーフマラソンに出場した埼玉県越谷市の消防士、坂本雄太さん(29)は、長野県に住む両親と兄とともに川内村を初めて訪れた。「原発事故での被災は知っていたが、自然が豊かで心地がよい。夏にまた来たい」(大岩ゆり、岡本進)



「原発の再稼働あり得ない」京大実験所定年、今中さん/和歌山


2016年4月30日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160430/ddl/k30/040/287000c

京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)を先月定年退職した今中哲二さん(65)の講演会が29日、和歌山市西汀丁の市勤労者総合センターであった。今月26日で事故後30年を迎えた旧ソ連・チェルノブイリ原発事故研究の第一人者で、長年、原発の危険性を指摘してきた今中さんは「地震が多い日本でこんなに原発を作ったのが間違い。原発の再稼働はあり得ない」と訴えた。

原発事故や放射線被ばくについて語る今中さん(右奥)
=和歌山市西汀丁の市勤労者総合センターで、阿部弘賢撮影

講演は、県内で反原発運動に取り組む「原発がこわい女たちの会」(和歌山市)の結成29年を記念する催しの一環で、市民ら約70人が集まった。

現在、同研究所の研究員を務める今中さんは講演で、東京電力福島第1原発事故によって「日本も放射能汚染と向き合う時代になった」と説明。東京を含む汚染地域で暮らすことは、「余計な被ばくはしない方がいいが、ある程度の被ばくは避けられないという(相反する)ことに、どう折り合いを付けるかだ」と話した。

また、子どもたちの放射線被ばくの影響について適切な調査がされていないとして、国の責任で健康追跡調査を実施すべきだと訴えた。【阿部弘賢】

2016/04/29

一般ごみと同様処分 指定廃棄物、セシウム8000ベクレル以下で

2016年4月29日 上毛新聞
http://www.jomo-news.co.jp/ns/9314618573223827/news.html 

環境省は28日、東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物に関し、放射性セシウム濃度が1キログラム当たり8千ベクレル超の基準を下回った場合は指定を解除し、一般ごみと同様の処分を認める新ルールを正式決定した。解除は国と自治体が協議して決め、解除後の処分費用は指定廃棄物と同様に国が負担する。

群馬県内は、7市村(前橋、高崎、桐生、渋川、富岡、安中、榛東)の下水処理施設や浄水場などに計1186・7トンが一時保管されている。


廃棄物「指定解除」に千葉市前向き 柏市は懸念/千葉


2016年4月29日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160429/ddl/k12/040/051000c 

東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物について、環境省は28日、放射性セシウム濃度が1キロ当たり8000ベクレル以下に下がった場合は一般ごみと同様に処分することを認める「指定解除」の新ルールを発表した。指定解除で廃棄物がなくなることを踏まえて処分場建設を拒否する千葉市が新ルールを歓迎するのとは対照的に、県内最多の廃棄物を抱える柏市は処分場問題の先行きへの懸念を示した。

「できる限り早く、解除に向けて国と協議を進めていきたい」。千葉市の熊谷俊人市長は新ルールの決定を受け、こうコメントした。同市が保管する指定廃棄物は県内最少の7・7トン。環境省の推計では、既に全部が8000ベクレル以下になったとみられている。熊谷市長は昨年末、「千葉市に指定廃棄物はない。(廃棄物が出た各市で保管する)分散保管を継続すべきだ」と主張して、国に千葉市への処分場建設を拒否する意向を伝えており、指定解除が進めば、主張がより説得力を増すとの思惑がある。これに対して、約1064トンの指定廃棄物を抱える柏市は、元々のセシウム濃度が高いため、新ルールが適用されても廃棄物はそれほど減らないと見ている。秋山浩保市長は28日の記者会見で「じっくりと検討したい」と述べる一方、副環境相や知事も出席した市町村長会議で処分場候補地の選定方法まで決めた経緯も踏まえ「国は1カ所に集約する処理方針に沿って進めてほしい。それをほごにされると、行政と住民の信頼関係が崩れてしまう」と懸念を示した。【田ノ上達也、橋本利昭】

【緊急署名】全国に被ばくを強い、環境を汚染する 「8000ベクレル/kg以下の汚染土を全国の公共事業で利用」方針に反対

(子ども全国ネットも賛同しています。事故前には、100ベクレル/kg以下の汚染物質はドラム缶に詰めて厳重保管されていたものを、大量に処理できないからといって、その80倍物汚染物質を全国で再利用してしまうなんて認められません。どうぞ署名を! 子ども全国ネット) 


個人のご署名(フォームメーラー)>https://pro.form-mailer.jp/fms/12e5860097643 
個人のご署名(Change.org)>https://goo.gl/jzp2KC
紙の署名用紙(PDF)のダウンロード

4月28日現在、7,677筆!

環境省は、3月30日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た汚染土に関し、8,000ベクレル/kg以下の汚染土を、全国の公共事業で利用できる方針を決定しました。
しかし、原子炉等規制法に基づく規則においては、原発の解体などによって発生したコンクリートや金属などの再生利用の基準は100ベクレル/kgとなっています。今回の環境省方針は、この80倍となります。
降雨、浸食、災害などによる環境中への大量放出も懸念されます。工事中においては、工事従事者も通行人も被ばくします。大地震が発生すれば、道路の陥没、崩壊などがあちらこちらで発生し、汚染土がむき出しになるでしょう。
まさに、子どもも含めて、日本中の人たちを被ばくさせるための、壮大な「ナショナル・プロジェクト」にほかなりません。
緊急署名を呼びかけています。一次集約は4月30日です。5月2日の午後に予定している政府交渉で提出予定です。
ぜひ、ご署名・拡散をよろしくお願いいたします。

5月2日(月)13:30~16:30@参議院議員会館
  
参考記事>一億総被ばくの国家プロジェクト… 8,000ベクレル/kg以下の除染土を 全国の公共事業に!?

以下署名の全文です。
2016年4月  日
環境大臣 丸川珠代 様 
【緊急署名】全国に被ばくを強い、環境を汚染する
「8000ベクレル/kg以下の汚染土を全国の公共事業で利用」方針に反対

環境省「中間貯蔵除染土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」は、3月30日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た汚染土に関し、8,000ベクレル/kg以下の汚染土を、「遮蔽および飛散・流出の防止」を行った上で、全国の公共事業で利用できる方針を決定しました。「周辺住民などの追加被ばく量は年間10マイクロシーベルトに押さえられる」としています。
しかし、原子炉等規制法に基づく規則においては、原発の解体などによって発生したコンクリートや金属などの再生利用の基準は100ベクレル/kgとなっています。今回の環境省方針は、この80倍となります。
この検討会のもとにおかれた「放射線影響に関する安全性評価ワーキンググループ」は、非公開で実施されており、議事メモも公開されていません。そもそも、この検討会は、最終処分量を減らすため、再生利用量を増やす、ということが前提となっています。現在の無理な「除染」「帰還」路線が前提で、そのためには、国民の被ばくもやむなし、ということなのでしょうか。
環境省は、「福島の復興、さらには東北の復興と日本の再生に向けた一大プロジェクトであるとともに、その成果は世界でも前例のない経験・知見として国際的な共有財産となる」と大見得をきっています。
しかし、「遮蔽および飛散・流出の防止」と書いたところで、そんなことは絵に描いた餅です。管理型の処分場でさえ、周辺や地下水の汚染は避けられないのに、ましてや通常の公共事業の構造基盤に使うというのでは、汚染を防ぐことはできません。。
降雨、浸食、災害などによる環境中への大量放出も懸念されます。工事中においては、工事従事者も通行人も被ばくします。大地震が発生すれば、道路の陥没、崩壊などがあちらこちらで発生し、汚染土がむき出しになるでしょう。
まさに、子どもも含めて、日本中の人たちを被ばくさせるために、壮大な「ナショナル・プロジェクト」にほかなりません。断じて許すわけにはいきません。

要請事項
1.放射性廃棄物を含んだ除染土を公共事業で利用する方針の撤回を求めます。
2.「除染」「帰還」を前提とした除染土再利用の政策を見直してください。
3.除染のあり方、除染土の処分のあり方に関しては、福島県内外の各地の幅広い人たちの参加のもとでの検討を行うようにしてください。
4.「放射線影響に関する安全性評価ワーキンググループ」のメンバー、議事録、全資料を公開してください。

一次集約 2016年4月30日  二次集約5月15日  三次集約5月31日
呼びかけ団体/集約先:国際環境NGO FoE Japan(認定NPO法人)
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9    Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986

【院内集会と政府交渉】「8000ベクレル/kg以下の除染土の公共事業への再利用」方針の撤回を


環境省は、3月30日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た汚染土に関し、8,000ベクレル/kg以下の汚染土を、全国の公共事業で利用できる方針を決定しました。
この問題をめぐり、集会と抗議署名の提出、政府交渉を予定しています。
ずっと取材を続けてきた、おしどりマコさんもお話し予定です。
ぜひ、お誘いあわせの上、ご参加ください。
参考記事>一億総被ばくの国家プロジェクト… 8,000ベクレル/kg以下の除染土を 全国の公共事業に!?

日 時
2016年5月2日(月)13:30~16:30 開場13:00 ※13:00から、ロビーにて通行証を配布いたします。
会 場
参議院議員会館101 (定員100名)
東京メトロ・永田町駅 1番出口でてすぐ 国会議事堂前駅 1番出口徒歩5分
内 容
集会 13:30~14:30
…今回の「8000ベクレル以下の除染土を再利用」という環境方針の内容と問題点について共有します。
  お話/おしどりマコさん(予定)

署名提出 15:00~15:10
政府交渉 15:10~16:30 (調整中)
資料代500円 (学生・サポーターは無料)
主 催
FoE Japan
協 力調整中
申込み下記申込みフォームからお申し込みください。
> 申込みフォーム(一般)     > 申込みフォーム(サポーター)
問合せ
FoE Japan(エフ・オー・イー・ジャパン)
Tel:03-6909-5983, Fax:03-6909-5986, Email : info@foejapan.org

Contaminated soil , produced by the nuclear disaster, to be used for public works !?

http://www.foejapan.org/en/energy/doc/160427.html

Urgent Petition: “No” to the Policy “To Use Contaminated Soil (Less than 8,000 becquerel/kg) for Public Works”—
Don’t Contaminate the Environment, Don’t Force Radiation Exposure on the Entire Population


Sign Now!
https://www.change.org/p/minister-of-environment-tamayo-marukawa-contaminated-soil-produced-by-the-nuclear-disaster-to-be-used-for-public-works

Contaminated soil , produced by the nuclear disaster, to be used for public works !?


On March 30, the Ministry of Environment, Japan  (MOE) Investigative Committee on
Strategy for Technological Innovation for Reducing and
Recycling Temporality Stored Contaminated Soil decided to allow the use
of contaminated soil (lower than 8,000 becquerel/kg) for public works
nationwide with “proper containment measures.” The committee argues
that the additional effective dose for residents will be less than 10μ
Sv/year, but the Nuclear Reactor Regulation Act that specifies 100
becquerel/kg or less as the threshold for reusing concrete and metals
from nuclear power plants. MOE’s latest policy increases the threshold
eightyfold.

Moreover, the Working Group on Safety Evaluation of the Effects of
Radiation within the investigative committee met behind closed doors,
and its meeting minutes have not been published. In fact, the goal of
the committee is to increase an amount of radioactive waste for reuse in
order to decrease an amount for final disposal. The committee seems to
consider it inevitable to expose the entire Japanese population to
radiation to implement the infeasible policy of “decontamination and
repatriation” for Fukushima residents.

MOE boasts that “the reconstruction of Fukushima and the Tohoku region
not only constitutes a crucial project for the renewal of Japan but also
will become an unprecedented source of knowledge and experience to be
shared with international society.” But “proper containment measures”
is unrealistic. Even strictly managed disposal sites contaminate their
surroundings and groundwater; how can public works, which are not as
strictly as managed, prevent contaminated soil from spreading
radioactivity? Indeed, rainfall, erosion, and disasters can damage
public works to trigger a significant release of radioactivity in the
environment. Construction work will also expose laborers to
radioactivity. If a huge earthquake occurs, roads will be damaged,
exposing radioactive waste to the air. This is indeed a “national
project” to force radiation exposure on the entire Japanese population,
including children. We cannot, and will not, allow it.

Petition Items

1. Retract the policy to use decontaminated soil, which contains radioactive waste, for public works.
2. Rethink the goal of the policy to “decontaminate and repatriate.”
3. Enlist wider participation from people inside and outside Fukushima Prefecture in deciding on issues related to decontamination and disposal of decontaminated soil.
4. Disclose all information regarding the Working Group on Safety Evaluation of the Effects of Radiation, including the names of members, meeting minutes, and reference materials.

(Translated by Hiro Saito)

First round: April 30, 2016
Second round: May 15, 2016
Third round: May 31, 2016
Send your signature to: Friends of the Earth Japan
Address: 1-21-9 Komone, Itabashi, Tokyo 173-0037 JAPAN
Tel: +81-3-6909-5983    Fax: +81-3-6909-5986

Contact:
Friend of the Earth Japan
1-21-9 Komone, Itabashi, Tokyo
173-0037, Japan
Tel:+81-3-6909-5983 Fax:+81-3-6909-5986
http://www.foejapan.org/



2016/04/28

(核の神話:25)内部被曝を認めぬ主張、今も福島で

2016年4月28日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ4T4T4NJ4TPTIL017.html

チェルノブイリ原発事故後のベラルーシと現在の福島で、「エートス」プロジェクトを指揮するジャック・ロシャール国際放射線防護委員会(ICRP)副会長は「あなたもジャーナリストだったら現地へ行って村人の話を聞くべきだ」と促した(「核の神話:24」で紹介)。現地取材に基づく著書「チェルノブイリの犯罪」(緑風出版から邦訳)や映画「真実はどこに」(ネット上で公開)といった作品があるジャーナリストのヴラディーミル・チェルトコフさんは、チェルノブイリ後、子どもたちを無用に被曝(ひばく)させた「犯罪」が福島でも繰り返されかねないと告発する。3月に広島、兵庫、京都、東京で講演したチェルトコフ氏にインタビューした。
ヴラディーミル・チェルトコフさん=兵庫県西宮市、田井中雅人撮影 
     ◇

■ジャーナリストのヴラディーミル・チェルトコフさん
――原発事故から5年、福島でも166人の子どもが甲状腺がん(悪性または悪性疑い)と診断されました。

「チェルノブイリと福島は同じような事故ではない。チェルノブイリは10日間の火事の間に放射性核種があちこちに拡散してしまった。福島は短時間に何度か爆発が起きたが、それで終わった。放射能は出たけれども、放射性物質の拡散はチェルノブイリと全く同じだというわけではないと思う。どういうふうに違うのかは科学者がきちんと調べる必要があるだろう」

――科学者たちは「福島はチェルノブイリとは違う」といい、医師たちも「低線量被曝(ひばく)と福島の人々の健康被害との因果関係は考えにくい」と言います。一方、ICRP副会長でフランスのNPO原子力防護評価研究所(CEPN)ディレクターのジャック・ロシャール氏は福島に頻繁に入って、ベラルーシで実践した「エートス」の活動を広めています。

「ICRPやIAEA(国際原子力機関)は『福島はチェルノブイリと違う』と言うことによって、低線量被曝の影響さえも消去しようとしているのだろう。いわゆる強い放射線による外部被曝の問題と違い、毎日毎日少しずつ摂取せざるをえない環境に置かれる問題は、チェルノブイリであれ福島であれ、いずれにしてもセシウムが体内に入って長く慢性的に摂取することによって細胞が傷つけられ、一種の臓器の崩壊現象が起こってくる。そういうことが、チェルノブイリでも福島でも起こりうる。違いをいくら強調したところで、低線量被曝の問題を否定することはできないだろう」

「私のドキュメンタリー映画『真実はどこに』で、2001年にキエフで開かれた世界保健機関(WHO)後援の『チェルノブイリの健康影響に関する国際会議』の模様を撮影することができました。IAEA、UNSCEAR(国連科学委員会)、ICRPの代表者らと、科学者や現地の医師らが大論争を繰り広げます。当時のUNSCEARのゲントナー事務局長は『内部被曝と外部被曝を分けるのはナンセンスだ』とはっきりおっしゃっている。彼らの主張は、外部被曝だけが健康に影響があって、内部被曝は考慮するにあたらないと言いたいわけです。原子力を推進する国際機関や原子力ロビーは内部被曝というものが実証されると非常にまずい。自分たちの生き残りの問題になってくるので、どうしても否定したい。さらに、低線量被曝が慢性化して健康が悪化してくることを認めて、(ベラルーシでベルラド研究所のネステレンコ氏が導入した)ペクチンが効くということを認めてしまうと一大事になってしまう。ベラルーシの何十万という子どもたちに毎日ペクチンを与えなくてはならないとなると、経済的にも大変なことになるし、原子力が人間の体にいかに悪い影響を与えるかの証明になってしまうのもまずい。だから、あの会議の時点では、内部被曝を認めることは絶対にできなかったのだろう。その主張は今も福島で続いている」

「とりわけ、ペクチンがベルラド研究所によって使われて、かなりの効果を上げたことを一生懸命否定して、そういう資料を一切見ることを拒否する。これはおかしいことであって、人間は日常生活の中でもリンゴや海草を食べてペクチンを摂取し、体を自然に浄化している。それなのに、それを否定して内部被曝がないことにしようとしていること自体がおかしい」


――ロシャール氏とベルラド研究所の関わりは。

「当初はネステレンコ氏が立ち上げたベルラド研究所と、そこにやってきたロシャール氏のエートスは協力しようとしていたが、ある時期から、いきなりエートスはペクチンを拒否し、ペクチンを配給するための財政援助は一切しないという形になった」

――エートスが活動したベラルーシのオルマニー村について、ロシャール氏は「あなたもジャーナリストだったら、現地に行って村人に聞くべきだ」と言いました。実際にご覧になっていかがでしたか。

「オルマニー村に行ってみたらいいというロシャール氏の提案は、本当にいいことかもしれません。彼にとっては悪いことになるかもしれないですが。現地の医者や誠実な科学者に案内してもらえば、本当のデータがもらえるかもしれません」

――ロシャール氏によると、オルマニー村の隣の村はダメだそうです。

「UNSCAERのゲントナー氏も、ICRPのロシャール氏も、国際機関で働いている、いわゆる事務官僚です。組織間の調整をして、原子力推進の方向に持っていくということにはたけているが、科学者ではない。あたかも科学的な根拠を持っていて、それを証明できるかのように語る。だけど、自分たちは何の科学研究もしていないし、資料を集めて現場に持っていくかもしれないが、すべてのことを論理的、科学的、医学的に説明できる人たちではない」

――ロシャール氏はフランスの原子力産業から資金をもらっていることを否定しませんでした。原発事故による被曝で困っている人々に身を守る術を教えること、彼のいうところの「放射線防護文化」を普及させることの何が悪いのか、と。故郷に帰りたいと願う福島の人々の心に、これは響くようです。

「彼らが原子力ロビーからお金をもらっているかどうかが問題なのではなくて、彼らの考え方自体が問題です。放射線の影響が体に出ても、彼らは医療的な側面を全部カットしている。治療はしないのです。福島でも流行語になっている『レジリエンス(回復力が強い)』の精神で、とにかくがんばろうという考え方によって、あたかもこの事故は天災か自分が起こした事故であるかのように、自責の念さえ持たせてしまう。受忍を強要する。最後は、自分で自分を責めてしまう。そういう考え方のマニピュレ-ション(操作)をやっている」

――原発事故が起きても放射能の罪を免罪して原子力を維持・推進しているということですか。

「その通りです。住民は放射能のことなんて知らない。さらに郷土愛を利用して、故郷に居続けられるよう私たちはそれを支えますと言う。しかし、医療関係のことは何もしない。ベラルーシでエートスの後に行われたコール・プロジェクトは被災者に自責の念を押しつけるものでした。自分で責任を持って、とにかく何とかやっていきましょう、と」

「ベラルーシのルカシェンコ大統領も今、原子力推進の立場をとっていて、汚染地に住民を戻そうとしている。しかし今年に入り、原発から300キロも離れたミンスクの小学校で2人の少女が心臓疾患で亡くなったら、ベラルーシの保健当局は子どもたちに定期的に心電図をとらせることを決めた。政治のトップがいくら原子力を推進しようとしても、足元の現場ではチェルノブイリ事故の影響が続いていて、医師たちが歯止めをかけている」

     *
――福島では、年間20ミリシーベルト以下の場所への帰還を促しています。また、子どもたちに線量計を持たせて、外部被曝線量を測るプロジェクトも行われているようです。

「子どもたちの本当の線量を測りたいんだったら、ガラスバッジのような線量計は意味がない。ホールボディーカウンターで体全体の線量を測る必要があるだろう」

「国際機関が因果関係を認めたのは外部被曝にまつわる病気のみ。ベラルーシでも、甲状腺がんが多発して初めて認めた。当初は原発事故とは関係ないという論調だったが、多発が否定できなくなってから認めていくという経過だった。甲状腺がん以外にも様々な病気が出た」

――鼻血はどうでしたか。福島では「鼻血が出た」と言うだけで「放射能と関係ないのに、そんなことを言うな」とバッシングされるようですが、日本の特殊事情でしょうか。

「私の著書『チェルノブイリの犯罪』の第1部で、(チェルノブイリ原発から68キロの)小学校の場面が出てきますが、鼻血は日常茶飯事です。チェルノブイリ事故の健康影響報告書をまとめたロシアの生物学者ヤブロコフ氏も放射能によって鼻血が出ると認めています」

     *

――日本では、ロシャール氏はCEPNではなく、ICRPの帽子をかぶっています。

「(ロシャール氏は)フランスの原子力ロビーの中では尊重されていますが、反原発団体からは批判されています。ただ、一般市民にはほとんど知られていないでしょう。フランスのルモンドやリベラシオンといった主要紙が彼をインタビューして取り上げることはありません」

――ロシャール氏は福島での活動について「次の原発事故に備えるため」と明言しました。欧州では、そういう考え方が受け入れられるのですか。

「人類滅亡にかかわるような原子力過酷事故への備えとしては、それなりの貢献があるのかもしれないが、ロシャール氏の場合はフランスのロビーのために立ち回っているだけです。フランスでは国策として原子力が推進され、核兵器を持ち続けている。原子力がないと社会が成り立たないんじゃないかと思ってしまう人が大半だろう。だが、アレバ社は経営危機に陥り、原発の管理はフランス電力公社に譲ってしまった。それでも、フランスは核産業と結びつく原子力から撤退することは当面ないでしょう」

――日本でも原発維持・推進派の「安全」が声高に叫ばれ、原発事故後に子どもが鼻血を出したお母さんたちは心配でも口をつぐんでいる。市民が真実を見極めるにはどうすればいいでしょうか。

「その質問を受けて頭に浮かぶのは、犠牲になった子どもを持つ母親たちの困惑した表情です。彼女たちは、被害を受けた子どもや自分自身のことが良くわかっている。男性の場合は、生活費を稼がなきゃいけないとか、ローンを返さなきゃいけないとか、社会的な枠の中での義務感や使命を感じてしまいがちです。現実に起こっている自分の健康被害や子どもたちの鼻血の苦しみにはなかなか敏感に反応しない。女性はそれを毎日見届けていて、そのことを実感している」

「何か世界が変わるためには、一点、しっかりと支える場所があれば、ぐっと回転させることができる。支えがなければ回転できない。その支えになるのは、実感している女性たちでしょう。女性たちが本当のことを言えば、社会は変わるかもしれない。希望は福島と福島以外の被災した女性たちの声。これこそが日本社会を変える武器になるでしょう」

「チェルノブイリの後、ネステレンコ氏もいろいろ苦しんで、体制から弾圧され、殺されかかったけれども、多くの女性たちが共感して彼を支えた。医者であり母親であり、現実を見たベラルーシの女性たちです。彼が女性を選んで連れてきたわけじゃなくて、自然にそういう状態が生まれたのです」

     ◇

Wladimir Tchertkoff ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家。1935年、ロシア移民の子としてセルビアで生まれる。イタリア国籍。スイスやイタリアのテレビ局ディレクター。チェルノブイリ原発事故処理にあたった作業員のその後を描いたドキュメンタリー映画「サクリフィス」でイル・ド・フランス(パリ首都圏)環境映画祭最優秀映画賞(04年)。

     ◇
たいなか・まさと 中東アフリカ総局(カイロ)、米ハーバード大客員研究員(フルブライト・ジャーナリスト)などを経て、核と人類取材センター記者。(核と人類取材センター・田井中雅人)

川内村の避難指示解除6月14日 政府が考え示す/福島

2016年4月28日 福島民友
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20160428-069851.php

東京電力福島第1原発事故で一時全村避難した川内村の村議会全員協議会が28日、開かれた。政府の原子力災害現地対策本部は、村の一部地域に出ている避難指示を6月14日に解除したい考えを表明した。解除されれば同村の避難区域はなくなる。

一部地域は避難指示解除準備区域で、今月1日現在の人口は19世帯52人。避難指示解除を判断するための準備宿泊には1世帯2人(25日時点)が登録している。  協議会後、現地対策本部の後藤収副本部長は記者団に「放射線量が下がったので解除のプロセスを進めたい。解除は強制的な帰還ではない」と強調した。

政府は来月8日に住民懇談会を開催する予定。遠藤雄幸村長は解除時期について「懇談会の状況を見ながら判断したい」と述べるにとどめた。

川内村の東部では2014(平成26)年10月1日に避難指示が解除されたが、一部地域は居住制限区域から避難指示解除準備区域に再編され、避難が続いている。


川内村6月14日避難解除 政府が方針、村も受け入れへ

2016年4月29日 福島民友
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20160429-070010.php   

東京電力福島第1原発事故で川内村の東部に残る避難指示解除準備区域について、政府の原子力災害現地対策本部は28日、避難指示を6月14日に解除したい考えを明らかにした。政府は5月8日に村と合同で住民懇談会を開き、意見を集約した上で解除時期を最終判断する。村が設けた検証委員会も既に「解除は妥当」と答申しており、村は政府案を受け入れる見通しだ。解除されれば、村の避難区域は全てなくなる。

政府は28日、村議会全員協議会で方針を伝えた。終了後、遠藤雄幸村長は報道陣に「検証委員会の答申内容を踏まえ、懇談会の状況を見ながら判断したい」と述べ、政府案を前向きに検討する考えを示した。

現地対策本部の後藤収副本部長は除染の進展や公設商業施設の開業を挙げ「放射線量が下がり生活インフラも整いつつあり、避難指示解除の手続きを進めたい」と述べた上で「解除は強制的な帰還ではない」と強調した。



対象は村東部の荻、貝ノ坂両地区で、1日現在の人口は19世帯52人。避難指示解除を判断するための「準備宿泊」の登録は1世帯2人(25日時点)で、解除後も帰還する住民は当面、少数にとどまるとみられる。

原子力規制委員会によると、貝ノ坂地区の村営バス停留所で28日測定した放射線量は毎時0.42マイクロシーベルト。有識者でつくる検証委員会は村への答申で「(住宅周り以外の)特例を除いて毎時0.8マイクロシーベルトを超える世帯はない」と評価している。



川内村2地区6月14日避難解除

2016年4月29日 河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201604/20160429_63010.html

東京電力福島第1原発事故に伴う福島県川内村の荻・貝ノ坂2地区(計19世帯51人)の避難指示について、政府の原子力災害現地対策本部は28日、6月14日に解除する方針を示した。住民には5月8日に説明する予定。遠藤雄幸村長は丁寧な説明を前提に受け入れる意向を示した。

川内村では原発20キロ圏のうち、2地区を除く東部は2014年10月に解除済みで、2地区が解除されれば避難区域はなくなる。



現地対策本部の後藤収副本部長らが非公開の村議会全員協議会で明示した。解除理由として、除染の終了やスーパー開店など生活インフラの整備を挙げた。村議からは「居住区域内の除染廃棄物を撤去してほしい」といった要望が出た。

後藤氏は協議会後、「方針として理解は得られた」と話した。遠藤村長は「森林除染や土壌調査についてしっかりと説明してほしい」と国側に求めた。

2地区では15年11月から準備宿泊が続いているが、登録は1世帯2人にとどまり、解除によって住民の帰還が進むかどうか見通しは立っていない。

原発事故では全村避難が続く葛尾村について、政府が6月12日に一部地域を除いて避難指示を解除する考えを明らかにしている。



東電の慰謝料ない住民に21万円の振興券 福島県川内村

2016年4月28日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ4X722YJ4XUGTB00Q.html

福島県川内村は、2012年8月に東京電力の慰謝料が打ち切られた旧緊急時避難準備区域(福島第一原発から20キロ圏外)の住民約2200人に、1人につき21万円の地域振興券を配ることを決めた。28日にあった村議会の全員協議会で、遠藤雄幸村長が明らかにした。

4人家族だと、84万円の振興券がもらえる。7月には配布を始めたいとしている。村に戻った同区域の住民らを対象に、村は14年度から2年間に限って1人10万円の振興券を配っており、2度目の交付になる。

原資は県からの交付金。県は今年度の当初予算に、同区域が設けられた川内村、広野町、南相馬市、田村市の4市町村に自由度の高い交付金を5億円ずつ盛り込んだ。

村は「人口規模の小さい村の20キロ圏内外で賠償格差が拡大するのは納得できない」として、格差是正策を求めていた。(岡本進)

<原発事故>セシウム基準超の魚 1年ゼロ/福島

2016年4月28日 河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201604/20160428_63019.html 

福島県が沿岸海域で実施している魚介類の放射性セシウム濃度のモニタリング検査で、昨年4月から今年3月までの1年間、国の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を超える検体はゼロだったことが27日、いわき市で開かれた県漁連組合長会議で報告された。県水産試験場は「今後も基準値を超える可能性は極めて低い」と説明している。

検査では昨年3月、705検体のうち1検体で140ベクレルが検出されたのを最後に、毎月ゼロを記録。昨年4月から今年3月までの8438検体のうち、不検出(検出限界値未満)が91.3%を占めている。今月も基準値超の検体はない。

検査は2011年4月から福島第1原発から20キロ圏も含む海域で行われ、基準値超の割合は11年39.8%、12年16.5%、13年3.7%、14年0.9%と低下。15年は1月と3月の計4検体だけで0.05%まで下がった。

県水産試験場の担当者は「今後、100ベクレルを超す可能性があるとすれば、大型や成長の遅い魚だが、その確率も低い。今年3月以降は50ベクレルを超える検体もなく、安全性はどんどん高まっている」と話した。


核心:農地、土中に汚染残留 福島5市町村を本紙が調査

2016年4月28日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2016042802000143.html 

東京電力福島第一原発がまき散らした放射性物質の量は、三十年前の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の六分の一とも十分の一ともいわれる。福島の人たちの重要な生活基盤となる農地には、どの程度の影響が残っているのか。本紙は独自に避難指示区域や周辺で、農地の土やそこで育った野菜の状況を調べた。 (山川剛史、大野孝志)

【こちらは記事の前文です】

放射性セシウム 西会津の山菜から検出 県が出荷自粛要請/福島


2016年4月28日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160428/ddl/k07/040/005000c  

県は27日、西会津町で採取した山菜のコシアブラから国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムを検出したと発表した。町や流通関係者に対して出荷の自粛を要請した。

県林業振興課によると、定期モニタリング検査のため、26日に採取した県内23市町村のキノコや山菜73点を調べたところ、西会津町のコシアブラから110ベクレルが検出された。出荷前の検査で判明し、市場には流通していない。他の72点は基準を上回らなかった。国は、既に野生のコシアブラについて、県内49市町村に出荷制限を指示している。【岸慶太】

放射性廃棄物 新ルール決定 濃度下がれば一般ごみ

2016年4月28日  東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201604/CK2016042802000267.html

環境省は28日、東京電力福島第一原発事故で発生した指定廃棄物に関し、放射性セシウム濃度が一キログラム当たり8000ベクレル超の基準を下回った場合は指定を解除し、一般ごみと同様の処分を認める新ルールを正式決定した。解除は国と自治体が協議して決める。解除後の処分費用は指定廃棄物と同様、国が負担する。

放射性物質汚染対処特別措置法の省令を改正し、同日付で施行した。

指定廃棄物は宮城、茨城、栃木、群馬、千葉の5県で発生量が多く、ごみ処理施設や下水処理場、農家の敷地などで一時保管されている。原発事故から5年以上たって放射性濃度が低下し、基準を下回る廃棄物が増えているとみられる。だが、解除の手続きに関する明確なルールがなかったため、自治体が早期の策定を求めていた。

新ルールは環境省か自治体が、放射性セシウム濃度がどれだけ下がっているかを確認し双方で協議して指定解除を決める。解除後は自治体が通常の廃棄物として処分できるようになる。

<指定廃棄物> 放射性セシウムの濃度が1キログラム当たり8000ベクレルを超える廃棄物で、ごみの焼却灰や下水汚泥、稲わらなどがある。東京電力福島第一原発事故で発生した放射性物質が付着し、昨年12月末時点で、12都県で計約17万トンが確認された。国は発生した各都県内で処理する方針。福島県内の指定廃棄物は、富岡町の既存の最終処分場で処理する計画が決まっている。


指定廃棄物解除で手続き=環境省


2016年4月28日 時事通信
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016042800409&g=soc

環境省は28日、東京電力福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む指定廃棄物について、指定解除の手続きを盛り込んだ省令を施行した。放射性物質の濃度が1キロ当たり8000ベクレル以下となった廃棄物は、環境相が市町村などと協議して指定を解除、各市町村に一般ごみと同様の処分を認める。

NHK会長 「発表報道」の情けなさ

2016年4月28日 信濃毎日新聞
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160428/KT160427ETI090004000.php 

NHKの今後がますます心配になる。

籾井勝人会長が衆院総務委員会に参考人として呼ばれ、熊本地震に関する局内の会議で原発をめぐる報道は「公式発表をベースに」するよう指示していたことを認めた。

自身の説明によると、公式発表とは気象庁や原子力規制委、九州電力によるものを指す。

発表されたものをそのまま流すだけでは報道機関の責任は果たせない。発表されていない情報を発掘して読者や視聴者に伝えるのがメディアの役割だ。会長の発言は問題が多い。

会長はこんな説明もした。「不必要な混乱を避けるという意味で、根拠もなしに(情報を)出すことはできない」

逆に問いたい。気象庁や規制委、九電の情報だけ伝えていれば、住民は安心できるのか。

福島の原発事故では政府が正しい情報を迅速に伝えなかったために不安と混乱が広がった。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータの公表が遅れ、避難に生かせなかったのは典型だ。

NHKの取材班は原発事故のあと、ドキュメンタリー番組シリーズ「ネットワークでつくる放射能汚染地図」を放送して反響を呼んだ。市井の老科学者と一緒に放射線量を測定して回り、災害の実態を明らかにした。

高い汚染を知らされないまま避難所に居続ける人たち。餌をやれず3万羽の鶏を餓死させた養鶏農家…。番組は2013年のJCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞を受けている。

会長の指示を厳密に守れば、こうした番組は作れなくなる。職員は映像ジャーナリストとしての力を発揮できなくなる。

2年前の会長就任会見を思い出す。領土問題について「政府が右というものを左というわけにはいかない」。特定秘密保護法について「(法案が)通ってしまったので、もう言ってもしょうがないんじゃないか」。発言が批判を浴びると「個人的見解」だったとして撤回している。

「公式発表をベースに」との今度の指示を見ると、報道機関が政府から距離を置くことの意味が今も分かっていないのではないかとの疑問がわいてくる。

籾井会長の任期は来年1月で切れる。会長を選ぶ権限は、放送法の上では経営委員会がもつ。浜田健一郎委員長ら経営委は、ふさわしい人が次の会長に選ばれるよう環境を整えてもらいたい。

(核の神話:24)将来の原発事故へ備え、プロの責任

2016年4月28日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ4T4T0WJ4TPTIL016.html

チェルノブイリ原発事故後のベラルーシと現在の福島で危険な「安全」キャンペーンが繰り返されている――。フォトジャーナリストの広河隆一さんはそう指摘した(「核の神話:22」で紹介)。その中心にいるのは国際放射線防護委員会(ICRP)副会長のフランス人、ジャック・ロシャール氏だという。ロシャール氏はベラルーシで「エートス」と呼ばれるプロジェクトを指揮し、今は頻繁に福島を訪れている。

     ◇
■福島県立医科大主催で3月8日に開かれた「東日本大震災・福島原発事故5年国際シンポジウム」でのロシャール氏の発言要旨

この5年間、福島についての様々な活動やIAEA(国際原子力機関)などの国際機関が開く会合、日本の組織や専門家らが開く会合に参加してきました。日本の多くの人々や組織と、深く特別な関係を築くことができました。福島県立医科大との実り多い協力、特に伊達市や住民団体「福島のエートス」は我々の活動に非常に協力的でした。

チェルノブイリ事故の経験とともに、これからICRPが出す勧告には、福島のあらゆる教訓を盛り込もうと考えています。ICRPは福島の人々とともにあります。

私自身がこの問題に関わり始めたのは1990年夏、IAEAの国際チェルノブイリ・プロジェクトを通じてでした。原発30キロ圏からの住民避難のコスト・ベネフィット(費用効果)を分析するのが任務でした。その時、私の放射線防護の科学は、住民の疑問や不安にはあまり役立たないと感じました。

そのあと、キエフからミンスク行きの夜行列車で乗り合わせた地元の若い男性と話し込みました。彼が「(フランス人の)あなたたちが一体ここで何をしているのですか」と尋ねてきたので、チェルノブイリ事故関連の仕事で来たと告げました。そうすると、彼は自問するようにこう言ったのです。「この地域の女性とは、結婚できないでしょう」。私は大江健三郎氏の本などを読んでいたのでピンときました。広島への原爆投下後に起きたこと(差別)が起きようとしている。これが私にとっての転換点になりました。

     *

90年代半ばから、「エートス」と、それに続く「コール」プロジェクトをベラルーシで進めました。汚染地に暮らす住民の生活環境改善をめざすものです。放射線にどう対応していいのか分からず、住民らは日常生活のコントロールを完全に失っていました。

当初は住民らから懐疑的な目で見られましたが、一緒にワーキンググループをつくり、子どもの防護や牛乳など食品の安全性への懸念を共有しました。我々のアプローチはとてもシンプルなものでした。まずは注意深く住民らの話に耳を傾ける。次に、現状についての理解を共に深めるため、森や環境の放射線測定を実施する。そして放射線量の低減とともに住民の生活環境も改善する。最後に住民と地元の行政当局とをつなぎます。

最初に訪れたオルマニー村は当局とのつながりが切れて孤立していました。後に村人が言うには「あなた方が村にやってきた時には懐疑的でした。原発事故後、科学チームが入れ代わり立ち代わりやってきて放射線の測定をし、村人に質問しては、去っていく。そして二度と彼らと会うことはない」と。我々はそのメッセージの意味を受け止めました。

ベラルーシの教訓は、事故後の人間的側面です。行政当局が住民の信頼を失い、慣れ親しんだ環境から切り離される。家族や社会の崩壊、将来への不安、差別……。住民は日常生活のコントロールを失い、自立できなくなる。しかし、レジリエントな(回復力ある)少数の人々が状況を改善するものなのです。

福島でもベラルーシと同じような人間的側面の教訓が得られました。福島でのダイアローグの内容はICRPと「福島のエートス」のウェブサイトで共有しています。

ジャック・ロシャールさん=福島県立医科大、田井中雅人撮影

     ◇
■国際放射線防護委員会(ICRP)副会長ジャック・ロシャール氏

福島県立医科大での国際シンポジウムに参加したロシャール氏に、福島在住のジャーナリスト・藍原寛子さんとともに話を聞いた。

――福島に関わるようになるいきさつは。
「(チェルノブイリでの)私の経験を伝えてほしいと頼まれて、福島に来るようになりました。福島のエートスの関係者から電子メールで私に協力依頼があったのです。11年9月に日本の環境省主催で、私の講演会が東京で開かれたのがきっかけでした」

――ベラルーシと福島で活動されて、その違いはどういうところにあるでしょうか。
「30年前と今とでは技術が違い、初動対応はより迅速になっています。さらに日本の経済力はベラルーシとは比べものにならない。(1986年のチェルノブイリ事故は)ソ連が崩壊寸前の時期でしたので、復興は極めて難しかったのです。(ベラルーシでは)原発30キロ圏内から住民が避難し、(土地は)捨てられたのですが、福島は違います」

――あなたが唱える「放射線防護文化」とはどういうことですか。
「人々が日々、放射線を扱う能力のことです」

――ベラルーシにその「文化」を導入したのですか。
「いいえ。ベラルーシの人々と活動するなかで我々が学んだのです。当初は科学者として現地に赴き、状況を評価しました。住民らはコントロールを失い、途方にくれていたのです。それを取り戻すお手伝いをしようと、エートス・プロジェクトを始めました。96年から5年かけて住民らと活動するうちに、この放射線防護文化が立ち現れたのです」

――事故から30年たった現地の状況は。
「我々が活動を始めたオルマニー村を昨年9月に訪ねました。住民らはリラックスして暮らしていました。我々が活動しなかった隣の村では何もできていませんでした」

――現地の避難の基準を教えてください。
「現地当局は91年に年間5ミリシーベルト以上の線量では居住を薦めない方針を決めました。農業が続けられるかどうかなど、村ごとに状況は違いますが、5ミリシーベルト以上の場所からは避難させる決断をしたのです」

    *

――福島について年20ミリシーベルトでも帰還という日本政府の方針はどうでしょうか。
「20という数字と現実のデータに大きな差があることが問題です。20は福島での事故の直後に決められたもので、いまではほとんどの場所の線量はずっと低くなっています」
――内部被曝(ひばく)についてのご見解は。
「もちろん、外部被曝(ひばく)と内部被曝(ひばく)を併せたトータルでの値です」

――日本政府の(帰還)基準20ミリシーベルトは妥当ですか。
「年20ミリだとすれば多すぎる。現実に基づいているというより行政用の数値でしょう」

――東日本大震災・福島原発事故5年のシンポジウムに参加した感想を。
「2011年9月に初めて来た時、日本の人たちがアドバイスを求めていると感じました。今では我々の方が耳を傾け、学んでいます。福島の声はより強くなったと感じます。住民らは、どこに向かいたいのかが分かっています。多様性や様々な考え方を受け入れています。と同時に、シンポジウムで登壇した福島のみなさんは、他者に対する深い理解をしていることに感銘を受けました。シンポの議論では、ほとんど数字が出てこなかった。5年前は数字だらけの発表ばかりでした。科学的根拠がどうだとか。今日は人間の側面に焦点が当たっていました」

「原発事故は放射線管理の問題です。有害なものになりえます。しかし、我々は科学者として、これはそれほどの問題ではないと人々に理解してもらう手助けができるのです。福島ではほとんどの場所で(放射線の)問題はなくなっている。もちろん、住民には逆境やストレスに耐える力が必要です。地元に戻って自立したい人々を助けることができればと思っています。原発事故は社会や個人を強く揺るがしました。放射線量や汚染度だけでなく、人間の問題として注意深く見ていくことです。福島の人々から私が多くを学んだように、将来また事故が起きた時に備えて、何をしなくてはならないのかがわかるのです」

――次の事故に備えるというのですか。
「私は90年からチェルノブイリ周辺で原発問題に関わり始めました。いつの日か、また事故が起きる。もちろん起こらないほうがいいが、起こるかもしれない。その時、何が問題になるのかを伝えるのは、プロとしての我々の責任です。チェルノブイリ事故後、我々の話を聞いた住民らは懐疑的だったが、福島で事故が起こった。福島の後にも事故が起きるか起きないかは、だれにも分かりません」

――今日の議論に数字が出てこなかったとおっしゃいましたが、なぜだと思いますか。
「シンポジウムの目的が数字についての議論ではなかったからです。この5年間、何をしてきたかが問題なのです」

――数字を出すと、住民らが恐れるからではないですか。
「そうは思いません。人々のまわりには数字があふれています。いろいろな文書にも、新聞にも。福島についての数字や多くの情報があふれています」

――福島県民健康調査によると、167人が小児甲状腺がんと診断されました(うち良性1人)。検討委員会の星北斗座長は記者会見で「事故による放射線の影響とは考えにくい」と述べています。あなたのご見解は。
「まず言わなくてはならないのですが、私は甲状腺がんの専門家ではありません」

――著名な専門家らが「福島の小児甲状腺がんの発生は放射線の影響とは考えにくい」と言うのをどう思いますか。今日の議論では放射線や原発への批判が一切出てきませんでした。福島で何が起きているのでしょうか。
「原発事故がありました。土地が汚染されました。人々は被曝(ひばく)しました。そして、福島はチェルノブイリほどのインパクトはないという科学的要素があります。ベラルーシ、ウクライナ、ロシアでは、事故から何年かたってから甲状腺がんの多発が見られ、ずっと後に科学的に放射線との因果関係が認められました。福島では予防措置として、日本政府が子どもたちの甲状腺検査を決めました。チェルノブイリの経験があったからです」

――チェルノブイリでも事故5年後の時点では放射線と甲状腺がん多発との因果関係は認められていませんでした。10年後にようやく認めたのです。福島もそうなりませんか。
「チェルノブイリで甲状腺検査を始めたのは事故から何年もたってからでした。甲状腺がんが増えるとは誰も予測していなかったからです。何年もたってから一部の医師たちが問題に気づいたのです。甲状腺がんの子どもが1人、2人、3人と増えるにつれてです」

――地元の医師たちは検査結果をIAEAのチェルノブイリ調査団長を務めた故・重松逸造氏らに見せたけれども、なかなか因果関係を認めなかったということです。
「私をディベートに巻き込もうというのですか。これについて議論したくありません」

     *
――福島で何が起きているか。チェルノブイリと比較していかがでしょう。
「チェルノブイリほどの放射線量ではありません。人々を検査するアプローチも違います。福島では極めて初期に行われたのです。世界中の科学者が認めるように、がんの発症は様々な要素に起因します。放射線だけではない。私は専門家ではないですが、現在のところは少し様子を見ましょう、ということです。福島県立医科大は最善を尽くしていると思います。ちょっとやりすぎかもしれませんが、おそらくやるべきことをやっています。それが彼らの責任です。原発のせいだと結論を急ぐ前に、あと2~3年待って、様子を見て、状況が明確になるのを待つべきです」

――待つ時間はないでしょう。日本政府は20ミリシーベルトでも大丈夫だからと、避難民に帰還するよう促しています。
「また、20ミリシーベルトの問題ですか。あなたもよく分かっているように、年間20ミリシーベルトも被曝(ひばく)するはずはありません。それは5年前に導入された行政的な数値です」

――日本政府がいうところの20ミリシーベルトは誇張されているということですか。
「誇張されているわけではありません。5年前に行政が導入した数字です。いま汚染地の住民が受けている放射線量は低くなっています。年1ミリ以下、最大でも数ミリでしょう。そういう状況でも帰還できない人々に対する(許容)線量を考える中で、数ミリから10ミリという数字が出てきたが、(ICRPの関係者は)だれも20ミリなんて言っていないのです」

――内部被曝や被曝による健康影響が出る「しきい値」についてのお考えは。
「しきい値はないというのが、放射線防護の基本です。科学的根拠がないからです」

――ICRPは一定の許容線量を指標として薦めています。
「ICRPが薦めているのは、これを越えないようにしてほしいという数字です。ICRPの主要勧告は、被曝線量を合理的にできるだけ低くすることです。これがICRPのキーメッセージです」

――日本政府がICRPの勧告を取り違えているということですか。
「そうではありません。11年の福島事故後、(09年に発表した)ICRP勧告を読んだ(日本政府の)人たちがそれぞれに独自に解釈して、そうした数字を使うことにしたのでしょう」
     *
――「エートス」プロジェクトについておうかがいします。現地取材したあるジャーナリストは「ベラルーシではエートスは失敗した」と言っています。住民らの信頼を、おそらくあなたが得られなかったからだというのです。どう受け止めますか。
「あなたがたもジャーナリストだったら、ベラルーシに行って、自分の目でごらんになったらいかがですか。我々が関わった村のリストをお渡しします。なんの圧力もかけられないでしょう。ただ現地へ行って、村人たちに聞いてみられたらいいでしょう」

――エートス・プロジェクトはうまくいったということですか。
「なにも言いません」「ジャーナリストとして自分の仕事をして下さい。これは裁きではないのですから。ネット上では、確かに私は『犯罪者』ですよ」

――そんなことはないでしょう。(エートスは)福島で再起を図るということですか。
「いいえ。ただ、ベラルーシへ行って、住民と話して、あなた自身で決めてください。私の立場やエートスが何をしてきたかについてはご存じでしょうから。(チェルノブイリ原発事故で)めちゃめちゃになった被災者らが自立を取り戻すのに役だったという意味では、(エートスの活動は)大成功でした」

――福島県民の中でもエートスの活動に批判的な人からは「データはとられるが、治療はしない。実験材料にするな」との声もあります。
「我々は完璧な世界に生きているわけではありません。個人的には、検査をする時には住民と情報を共有し、検査結果について議論します。私のメッセージは、真摯(しんし)に人々と活動することです」

     *

――(福島の)住民の治療をするのはだれですか。
「我々、専門家のだれかです。その人たちを尊重し、扱うのです。(エートスが)被災地の人々をモルモットにしているという批判があることは知っています。人々に自立心を与えながら、汚染地にとどまり続けるように強いている、と。そういう議論があることは分かっています」

――シンポジウムで、福島県立医科大の専門医もこう発言していました。「なぜ、嫌がる子どもたちに甲状腺検査をしなければならないのか、理由がはっきりしていない」。検査を続ける一方で、小児甲状腺がんが出ている理由について明確な説明がされないことに混乱が広がっているようですが、ご見解は。
「繰り返しますが、私はそれについての専門家ではない。世界のすべてのことに通じているわけではありません」

――ICRPは福島でどういう役割を果たしているのでしょうか。
「まず、日本でのICRPの役割は、我々の勧告を日本人に理解してもらう手助けをすることです。福島での事故のあと、日本から多くの質問が寄せられたからです。それが、この勧告(出版物)です。ICRPは規制をかける機関ではありません。最善の科学的証拠に基づいて一般的な勧告をするだけです」

――ICRPとあなたの「エートス」の活動には、フランスの原子力産業界から資金が拠出されているのですか。
「話はここまでです」
――ウェブサイトによると、エートスはフランスの原子力産業界から資金が出ているという情報があります。事実ですか。
「そうです。言ったように私は『犯罪者』です、ウェブサイトでは」

――「福島のエートス」にも、あなたの資金が流れていますか。何か利害の衝突があるのですか。
「利害の衝突、いや、そういうことは無視します。いいジャーナリストでありたければ、ベラルーシに行って、我々が10年、15年と活動した村で、住民らにインタビューすることです。うわさや攻撃の類いを利用するのはやめることです。ネットにはこの20年、不適切な原発事故の情報があふれています。問題は、私が原子力推進か否かや、原子力産業やロビーから資金をもらっているか否かではなく、原発事故の汚染地に捕らわれの身になって被曝している人がいることなのです。だれがそういう人々を助けるのですか」

――その原発事故の被災者の中に「原子力産業のお金とは関わりたくない」という意見があるとすれば、どう思いますか。
「いかなる意見も尊重します。原子力に反対する人もいます。問題は、汚染地に暮らしている人たちがいて、彼らはそこに暮らし続けたいのです。であれば、彼らが自分の身を自分で守る術を教えてあげるのが義務でしょう。避難したい人は避難すればいいし、とどまりたい人はとどまればいいのです。放射線防護の専門家としては、居住を選んだ人に自衛手段を伝える必要があります」

――そのためにも情報公開が重要です。しかし、あなたはお金の出どころや組織の情報については何ら開示していません。
「ここまでにしましょう」

     ◇
Jacques Lochard 1950年生まれ。放射線防護の専門家、経済学者。ICRP副会長。フランスのNPO、原子力防護評価研究所(CEPN)ディレクター。
     ◆

(ジャーナリスト・藍原寛子、核と人類取材センター・田井中雅人)

あいはら・ひろこ ジャーナリスト、Japan Perspective News株式会社代表。元・福島民友新聞社記者。米マイアミ大学移植外科客員研究員、IFJ国際ジャーナリスト連盟メンバー、日本医学ジャーナリスト協会メンバー。

たいなか・まさと 中東アフリカ総局(カイロ)、国際報道部デスク、米ハーバード大客員研究員などを経て、核と人類取材センター記者。

2016/04/27

震災前水準の「3割弱」 福島県農産物・15年度輸出量

2016年4月27日 福島民友
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20160427-069426.php

東京電力福島第1原発事故で落ち込んだ県産農産物の2015(平成27)年度の輸出量は3万9372キロで、震災前の水準の3割弱にとどまっていることが26日、分かった。大口の輸出先だった香港、台湾などで輸入規制が続いていることなどが影響している。ただ、前年度比では約4倍に増えた。震災前にほとんど取引がなかったマレーシアやシンガポールなど東南アジアとの取引が実現したことが要因となっている。

県や市町村、県内企業でつくる県貿易促進協議会(会長・内堀雅雄知事)が福島市で開いた総会で報告した。

15年度の輸出量を品目別に見ると、コメは1万3240キロと前年の300キロから大幅に増えた。ただし、提供先はホテルやレストランなど業務用に限られ、スーパーマーケットなどでの店頭販売には至っていない。

国別の輸出量は、13年3月に規制解除したマレーシアが最多で、コメ1万2000キロ、モモ7685キロ、ネギ3000キロ。検査機関で放射性物質に関する安全性を証明すれば輸出できるタイがモモ1320キロ、リンゴ7700キロ。14年6月に輸入規制措置が緩和されたシンガポールがネギ1057キロ、モモ790キロ。

県内農産物の輸出量は、震災前の10年度は15万1449キロで、主な輸出先は香港や台湾など東アジアだった。特に両国へのコメの輸出量は、震災前に約10万キロの実績があり、農産物輸出量の大部分を占めていた。原発事故以降は両国とも禁輸措置が取られたままだ。

県は、本年度も輸入規制が厳しい国へ規制緩和の要請活動を続けながら、経済成長が著しく比較的輸入規制が緩やかな東南アジアでの販路開拓を基本的に展開する。

栃木/県産シイタケ用原木の本格供給に道 足利、茂木産、秋から調達

2016年4月27日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201604/CK2016042702000174.html 

東京電力福島第一原発事故後、放射線の影響で県内での安定的な確保が困難になっていたシイタケ栽培用の原木に関し、足利市と茂木町の一部で、今秋から本格的に調達が再開されることが、県への取材で分かった。来春にも農家に届けられる体制を目指す。県林業振興課は「県内での原木の自給を軌道に乗せ、全国有数の産地の復活に弾みをつけたい」としている。

シイタケ用の原木は主に県内で調達してきたが、原発事故後の2013年度以降、大分県や宮崎県などから調達してきた。15年度は全体の9割の約39万5千本を県外産に頼り、栃木産の原木は約4万5千本にとどまっている。

原木生シイタケの制限解除には、放射性物質濃度が1キログラム当たり50ベクレル以下の原木の使用を義務付けた県の「生産工程管理基準」を守り、収穫物は国の基準(1キログラム当たり100ベクレル以下)を満たす必要がある。

県は15年度、安定的に利用できる原木林を探すため、県南部や東部の8市町の原生林30カ所で、原木の放射性物質濃度を調査。計60の検体を測定した結果、1キログラム当たり50ベクレルを超える原木が見当たらず、安全性が高いと判断した足利市西部と茂木町東部の計約210ヘクタールで、原木の伐採ができる環境を整える。

林業振興課の大栗英行課長補佐は「身近な山の原木を安心して使える環境を取り戻すことで、生産者や山林所有者らの期待に応えたい」と説明。農家の要望も踏まえ、需要に合った原木を調達したいとしている。 (大野暢子)

チェルノブイリ30年 過酷な現実直視し脱原発進め

2016年4月27日 愛媛新聞 
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201604273075.html

世界に衝撃を与えた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故から30年がたった。今なお放射能汚染は広範囲に及び、史上最悪の原子力災害は収束の気配もない。

日本政府は事故を機に原発の安全性を厳しく問い直すべきだった。しかし、原子炉の構造の違いから「日本では起こり得ない」として、原発を推進した。東京電力は技術力の高さを過信して安全対策を怠り、福島第1原発事故を招くことになった。チェルノブイリ事故の教訓を生かせなかった「失敗」を今改めて重く受け止め、エネルギー政策の見直しに取り組まなければならない。

チェルノブイリが示したのはひとたび原発事故が起きれば、住民の平穏な暮らしが丸ごと奪われるという事実だ。30年をかけても核燃料の処理方法は確立できず、廃炉作業は全く進んでいない。除染もされず、人命や環境への影響は今後も続く。

事故が起きたのは、1986年4月26日。試験運転中の4号機が爆発し、大量の放射性物質が放出され、欧州各国に広がった。消火活動に当たった数十人が急性放射線障害で死亡。ソ連政府は30キロ圏内を立ち入り禁止にし、33万人を移住させた。今も原発周辺には立ち入り制限が敷かれている。

健康被害は住民を苦しめ続けている。国連は甲状腺がんなどによる死者は4千~9千人と推定するが、約20万人とみる専門家もいる。事故の9年後、隣国ベラルーシでは小児甲状腺がんの患者が激増したと報告されている。長期被ばくによる影響は警戒が必要で、丁寧な健康調査が欠かせない。

被災者への補償は行き詰まりをみせる。ソ連崩壊で補償を引き継いだウクライナ政府は「国が補償を続ける」とうたったチェルノブイリ法を制定し、支援に乗り出したが、財政難で現在の補償額は当初の2割以下にまで減少。生活に窮し、居住制限区域内にある自宅へと戻る人もおり、新たな被ばくの危険性は否めない。国際社会を含めた支援体制の再構築を求めたい。

4号機を覆ったコンクリート製「石棺」の老朽化は著しく、放射能が漏れ出す恐れが高まっている。石棺ごと覆う新たなシェルターを建設中だが、資金難で完成は遅れている。封印後、原子炉を数十年かけて解体する計画だ。全ての処理を終わらせるには100年以上かかる見通しだが、これまでのような場当たり的な対応を繰り返していては、実現は疑わしい。

チェルノブイリの現状は、福島の今後の苦難と重なって見える。被災者は故郷を失い、健康不安は尽きない。汚染水は増え続け、廃炉作業を阻む。溶け落ちた核燃料を取り出すという難題も待ち受けている。チェルノブイリと福島の事故により、人間が原発を完全にコントロールできないというのは、もはや明白だ。政府は現実を真摯しんしに受け止め、脱原発へと早急にかじを切るべきだ。

(核リポート)菅元首相「首都圏避難なら地獄絵だった」

2016年4月27日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ4T5PXXJ4TPTIL01Y.html

幸運だったとしか思えない――。2011年3月の東京電力福島第一原発の事故対応に追われた菅直人元首相が、朝日新聞記者のインタビューに応じた。1986年に起きた旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の惨状を思いつつ、首都圏住民が避難する事態になることを恐れ、自衛隊の注水作業を祈りながら見守ったことなど、事故発生当時の心境を語った。過酷事故に対する備えがなく、必要な情報が迅速に報告されないなか、官邸が対応に苦しんだ状況も明らかにした。「東京の住民まで避難せずにすんだのは、神様のおかげと感じざるをえない」とも述べた。

取材に応じる菅直人元首相=東京・永田町、石川智也撮影 

■最悪シナリオ
――事故が拡大するなかで、東京の住民避難も考えたそうですね。

「福島には、第一原発に6基、第二原発に4基と、計10基の原子炉があります。事故の当初から、チェルノブイリ原発の事故は1基だけで、あれだけ放射性物質が飛び散ったのだから、もし、福島の原子炉のすべてが制御できなくなったら、チェルノブイリの何十倍もの放射性物質が放出されるだろうと。実は早い段階で、頭の中では、放射性物質が東京まで来るのか、来たらどうするか、と考えていました。しかし、口に出せない。対策がないのに来るかもしれないなんて言えば、それこそ大ごとですから」

「それに近いことを言ったのは、3月15日です。東電の清水正孝社長(肩書はいずれも当時)を官邸に呼び出すにあたって、周囲に、東電が原発から撤退したら、東京が全部ダメになるぞ、という言い方で初めて口にしたんです。そうして、細野豪志補佐官を通じ、原子力委員会の近藤駿介委員長に、最悪のシナリオをシミュレーションしてほしいと頼んだのです」

――その結果は後に報道されますが、事故が拡大すれば東京都を含む半径250キロ圏内の住民が避難対象になるというものでした。

「はい。やはり、東京も入っていたので、それほどの大事故なんだ、と改めて確認しました。居住する約5千万人が避難するとなると、地獄絵です」


■神のご加護

――5年前を思い返すと、皆、事故がなんとか収まってくれないかと祈っていました。

「そうですね。福島の被害は深刻ですが、東京の住民まで避難せずにすんだのは、神様のおかげと私は感じざるをえません。事故の対処に人間も頑張ったけど、『頑張った』の積み重ねだけで止まったとは思えないのです。政治家としては使ってはいけない言葉でしょうが、正直、あの時だけは、『神のご加護だ』と思いました」


――確かに、例えば2号機の格納容器の15日の圧力急低下の原因は分かっていません。

「最近も東電に聞くのですが、はっきりしません。もし、2号機の格納容器全体が、ゴム風船がパンクするように壊れたら、もう人間は近づけず、対応できなくなる。つまり『終わり』です。ところが、どこかに穴があいたらしい。1号機、3号機も原子炉建屋は水素爆発しましたが、格納容器は大破しなかった。停止中の4号機の使用済み核燃料のプールも、工事の遅れで原子炉上部に水が残っていたことなどから、プール内での核燃料の加熱・崩壊が避けられた。福島は重い被害を受けましたが、日本全体としてみれば助かった。それは幸運だったという以外、総括しようがないんです」


■事故への備え

――過酷事故に対する備えもできていなかった。

「自衛隊は原発の過酷事故を想定した訓練をしていないし、装備もなかったのです。17日の3号機への自衛隊のヘリコプターによる注水作業は、私もテレビ中継を、成功してくれと祈りながら見ていました。前日は上空の線量が高くて注水できず、この日は、床に放射線を遮る金属板をつけ、本当に命がけでやってくれたんです」

「そのときも、チェルノブイリのことが頭にありました。出動した軍の兵士が急性被曝(ひばく)で亡くなっています。自衛隊幹部が『国民の生命と財産を守るのが仕事ですから、ご指示があればやります』と言ってくれた時、ありがたいと思ったのを、はっきりと覚えています」

■情報の混乱

――ところで東電は今年2月、核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)を判定する基準が当時の社内マニュアルに記されていたものの、その存在に5年間気付かなかったと発表しました。

「事故の検証を続ける新潟県の技術委員会の求めがあって出てきましたね。私もその資料をインターネットでダウンロードして点検してみたのですが、3月11日の17時15分という地震発生から約2時間半という早い時点で、1号機の核燃料が約1時間後にむき出しになることが予測されていました」

「そのこと自体は、政府の事故調査委員会の中間報告にも出ています。ただ、各方面に確認してみると、この情報は予測された時点では、政府や福島県に報告されていなかったのです。もし、あの時点で政府がこの情報をつかんでいれば、後に出す避難指示を、より早く広く出せていたかもしれないと思うのです(注)」


――翌12日の1号機の水素爆発(15時36分)も官邸に伝わっていなかった。

「そう、日本テレビが16時50分ごろに全国放送し、私もその映像を見て、知ったのです。爆発から1時間以上経っていました。いったい、どうなっているんだ、と。原子炉がどの程度、危険かというのは、住民の避難と表裏一体の関係にあります。法的に事故対応は電力会社になりますが、住民避難は政府の仕事です。それなのに、事故の状態が伝わってこなかったのです」


■統合本部の経緯

――そうしたことがあって15日、政府と東電の統合対策本部をつくることになる。

「そうです。情報が来ないんですから。同じモノをみて、統一して判断する形にしなければいけないと考えました。ただ、前例がありません。法的に可能か調べると、原子力災害対策特別措置法で、緊急事態への応急対策として、対策本部長の総理には原子力事業者に必要な指示をすることができるとあった。それで、官邸に来た東電の清水社長に統合対策本部をつくりたいがどうか、と聞くと、『分かりました』と。では、そちらの本店に行くからと、OKを取ったんです」

「後に、原子力安全・保安院長がマスコミの取材に、『もっと早く東電に行けば良かった』と発言していました。役人というものは、常に(民間事業者を)呼びつける側にいる、自ら出向くことがないんですね。実際、15日、東電本店に行くと、(福島第一原発とつなぐ)テレビ会議システムがあるのをみて、びっくりしました。それさえ、東電本店に行かなければ分からなかったことなのです」


■再稼働の条件

――その後、浜岡原発の停止要請に始まって、ストレステストなど原発再稼働に高いハードルを設けますね。

「経産省はあの頃、原発を維持するという固い決意で対応していたように私には見えました。私が中部電力に浜岡原発の停止を要請し、それが受け入れられると、経産省は今度は玄海原発の再稼働の手続きに入るんです。私は経産相に電話で聞きました。『再稼働はどういう手続きで決めるのか』と。答えは、『それは保安院の判断で認めることができます』というのです。いくら法律がそうなっていても、あの事故を防げなかった保安院だけの判断でよいというのは、国民が納得しないと考えました」

「そこで、再稼働にあたっては、保安院だけでなく、ストレステストの実施、原子力安全委員会の関与と地元の同意、そして最後は総理をふくむ関係閣僚4人で判断する、という四つを、菅内閣の暫定的な再稼働の条件にしました。その後、この条件は原子力規制委員会の設置などによりなくなりますが、あの決定が、今日まで、なかなか再稼働できないという状況につながっています。あの時、私は、『原子力村』の虎の尾というか、頭を踏んでしまったのかもしれませんね」


■脱原発への思い

――首相在任中から、脱原発への決意を固めたのですか。

「原発の安全に対する考えが百八十度、変わりました。福島の事故までは、当時のソ連と違って、日本ではチェルノブイリのような事故は起きるはずがないと、私もどこかで安全神話に染まっていました。旧ソ連の指導者ゴルバチョフ氏の厚い回想録に、『われわれは30年間、原発は安全だと聞かされてきた』と会議で語るくだりがあります。日本もまったく同じ間違いをしていたんですね。それが福島の事故を経験し、私も、完璧に安全な原発はつくれないと考えるようになりました」

「考えてください、再び、あのような事故が起きた時、『神のご加護』が同じようにあると思いますか。私にはそうは思えないのです」


――しかし、いまの安倍政権は、原発再稼働路線を着々と進めています。

「私は、すでに勝負は付いていると思っています。仮に原発を10年かけて建てたとしましょう、で、40年運転する、と。さて、50年後、電源別の発電単価はどうなっているでしょう。再生可能エネルギーのほうが断然安くなっているのは間違いない。そんな原発の建設に、必要な民間資金が集まりますか? 国内の世論をみても、脱原発が6~7割を占めます。司法もそれを無視できません。だから私は、長期的には原発はなくなると楽観しているのです」




(注)東京電力の広瀬直己社長は4月19日、衆議院環境委員会で、菅直人元首相の質問に対して「17時15分の3分前に、福島第一は大変重篤な事態に陥っておりましたので、原災法(原子力災害対策特別措置法)第15条の報告を行っております。原子力緊急事態宣言あるいは住民避難の指示につながる極めて重要な報告でございます」と述べたうえで、1号機の約1時間後の炉心露出という予測については「保安院に正式に伝えた記録は残っておりませんけれども、事態に対して職員たちはしっかりとした行動をとったというふうには考えております」などと説明した。

     ◇

こもり・あつし 1987年入社。名古屋や東京の経済部で、自動車や金融、経済産業省を担当。ロンドン特派員を経て、社内シンクタンク「アジアネットワーク」で地域のエネルギー協力策を研究。現在はエネルギー・環境分野を担当し、特に原発関連の執筆に力を入れる。単著に「資源争奪戦を超えて」「日本はなぜ脱原発できないのか」、共著に「エコ・ウオーズ~低炭素社会への挑戦」など。(小森敦司)

[日報ダイジェスト] 厚労省日報ダイジェスト4月19日(第977報)

(世田谷守る会のマダムトモコの厚労日報ダイジェストを転載させていただきます。こちらから購読可能ですhttp://goo.gl/RQ3mze メルマガで送信されてきますので、ぜひ登録して「知る」ことからはじめましょう。 子ども全国ネット)

【ダイジェストの読み方】 ダイジェストでは検出例だけを羅列するのではなく、子ども達の給食はじめ皆さんの身近にある食材の「状況」をお知らせしています。

ご覧になるときには○○Bq/kg」と赤字になっているものは検出
NaIまたはGeなど検査方法の冠がつき、「未満」の文字で終わり黒字または青字のものは「不検出」というふうにご覧ください。みなさんそれぞれの「ものさし」を持ち、ベストの選択ができますように。

=============================
こんにちは。厚労省日報ダイジェスト4月19日(第977報)です。

【水産物】 マダラは岩手県および宮城県計6検体のみで、いずれも検出はありませんでした。スズキ千葉県沖3検体のうち1検体から3.1Bq/kgが検出されました。ヒラメは全5検体いずれも検出はありません。その他海産物では、茨城県日立市沖シラスから0.87Bq/kg、千葉県沖ではマダイ2検体から0.68および0.77Bq/kg、ショウサイフグから0.78Bq/kg、ホウボウから1Bq/kgと微量の検出が報告されています。淡水魚では、茨城県霞ケ浦の水産物5検体から検出がありました。最大値北浦アメリカナマズ48Bq/kgです。

【農産物】原木シイタケは前の週に引き続き、栃木県を中心に比較的多く検査されています。岩手県では5検体中3検体から最大46Bq/kg、宮城県19検体中3検体から最大16Bq/kg、栃木県49検体中24検体から最大38Bq/kg、千葉県12検体中すべてから13~31Bq/kgが検出されました。 菌床シイタケ栃木県産4検体中3検体から最大12Bq/kg、その他の栽培キノコ類では、栃木県日光市マイタケ13Bq/kg、群馬県高崎市ナメコ6.5Bq/kgなどが報告されています。その他の品目では、栃木県を中心に山菜類の測定が行われています。同県市貝町ではワラビから60Bq/kgと高い数値が報告されました。宮城県加美町ではクサソテツ(コゴミ)3検体中1検体から17Bq/kg、新潟県長岡市コシアブラ6.7Bq/kgとなっています。山菜の種類の中でも、コシアブラ、コゴミ、タラノメ、ワラビなどは放射能を蓄えやすいようです。詳しい測定結果は下記データをご覧ください。また、タケノコにつきましては昨日配信の【タケノコ速報】に地域ごとの細かなデータをまとめましたので、そちらをご参照ください。

【畜産物・乳製品その他】 野生鳥獣肉は、新潟県村上市、関川村野生ツキノワグマからそれぞれ3.6Bq/kgおよび 11Bq/kgが検出されました。千葉県勝浦市、いすみ市、大多喜町イノシシ13検体はいずれもGe15Bq/kg未満の不検出です。牛肉岩手県産425検体のうち3検体から、12~25Bq/kgの検出がありました。

国立医薬品食品衛生研究所の流通品検査では、群馬県産原木シイタ3検体から8~30Bq/kg、干しシイタケから63Bq/kgの検出が報告されています。関東の原木シイタケはまだまだ注意したほうがよさそうです。

世田谷こども守る会
事務局 堀


厚労省日報ダイジェスト4月19日(第977報)

<全国自治体の検査結果>

基準値超過なし

【水産物】
岩手県・マダラ3検体 いずれもGe9.7および9.8Bq/kg未満
宮城県・マダラ3検体 いずれもGe6.9~7.7Bq/kg未満

秋田県・スズキ Ge8.6Bq/kg未満
茨城県・スズキ Ge6.1Bq/kg未満                                
千葉県・スズキ3検体 うち1件 3.1Bq/kg

岩手県・ヒラメ Ge11Bq/kg未満
宮城県・ヒラメ Ge6.8Bq/kg未満
茨城県・ヒラメ2検体 8.7および11Bq/kg未満
千葉県・ヒラメ Ge0.89Bq/kg未満

北海道・その他海産物(アカガレイ)2検体 Ge5.4および8.8Bq/kg未満
青森県・その他海産物9検体 いずれもGe6.0~NaI 25Bq/kg未満
岩手県・その他海産物34検体 いずれもGe0.68~12Bq/kg未満
宮城県・その他海産物46検体 いずれもGe1.4~20Bq/kg未満
茨城県・その他海産物19検体 うち1件(シラス) 0.87Bq/kg
千葉県・その他海産物16検体 うち4件 0.68~1Bq/kg

青森県小川原湖、十三湖・ヤマトシジミ Ge8.1および9.9Bq/kg未満
茨城県霞ケ浦・アメリカナマズ 48Bq/kg、ゲンゴロウブナ 13Bq/kg
茨城県霞ケ浦・ギンブナ3検体 すべて15~24Bq/kg
千葉県与田浦・ウナギ 5.2Bq/kg、ギンブナ 13Bq/kg、モクズガニ 7.5Bq/kg
千葉県与田浦・モツゴ、コイ、スジエビ いずれもGe7.3~9.3Bq/kg未満
千葉県香取市(利根川)・ゲンゴロウブナ 5.4Bq/kg

【農産物】
岩手県・原木シイタケ5検体 うち3件 18~46Bq/kg
宮城県・原木シイタケ19検体 うち8件 7.8~16Bq/kg
栃木県・原木シイタケ49検体 うち24件 3.4~38Bq/kg
千葉県・原木シイタケ12検体 すべて13~31Bq/kg

栃木県・菌床シイタケ4検体 うち3件 6.9~12Bq/kg
群馬県・菌床シイタケ Ge17Bq/kg未満
栃木県日光市・マイタケ 13Bq/kg
群馬県高崎市・ナメコ 6.5Bq/kg

※地域別の詳細は昨日配信の【タケノコ速報】をご覧ください※
宮城県・タケノコ4検体 うち2件 9.8および25Bq/kg
新潟県・タケノコ2検体 Ge4.8および6.4Bq/kg未満
群馬県・タケノコ Ge17Bq/kg未満
栃木県・タケノコ14検体 うち7件 4.5~66Bq/kg
埼玉県・タケノコ3検体 うち1件 5.2Bq/kg
千葉県・タケノコ42検体 うち38件 0.81~36Bq/kg
神奈川県・タケノコ2検体 うち1件 2.6Bq/kg
静岡県・タケノコ Ge4.6Bq/kg未満

宮城県加美町・クサソテツ(コゴミ)3検体 うち1件 17Bq/kg
新潟県長岡市・コシアブラ 6.7Bq/kg
栃木県市貝町・ワラビ 60Bq/kg
栃木県真岡市・山菜5検体 うち1件(ワラビ) 16Bq/kg
栃木県栃木市・山菜3検体 うち1件(ハリギリ) 20Bq/kg
栃木県芳賀町・ワラビ 15Bq/kg
栃木県茂木町・山菜6検体 うち1件(タラノメ) 8.5Bq/kg
栃木県高根沢町・山菜2検体 うち1件 12Bq/kg
栃木県那珂川町・山菜2検体 うち1件(タラノメ) 15Bq/kg
栃木県宇都宮市・タラノメ 15Bq/kg
栃木県日光市・山菜2検体 うち1件(クサソテツ) 7.7Bq/kg
栃木県那須塩原市・タラノメ 9.2Bq/kg

茨城県・流通品レンコン 3.8Bq/kg

【畜産物・乳製品その他】
新潟県村上市・野生ツキノワグマ 3.6Bq/kg
新潟県関川村・野生ツキノワグマ 11Bq/kg
千葉県勝浦市・野生イノシシ4検体 いずれもNaI 15Bq/kg未満
千葉県いすみ市・野生イノシシ3検体 いずれもNaI 15Bq/kg未満
千葉県大多喜町・野生イノシシ4検体 いずれもNaI 15Bq/kg未満

岩手県・牛肉425検体 うち3件 12~25Bq/kg

産地不明/長野県下伊那郡製造・乾シイタケ 3.4Bq/kg

<国立医薬品食品衛生研究所の検査結果>
基準値超過なし
群馬県・流通品原木シイタケ3検体 8~30Bq/kg
群馬県・流通品原木干しシイタケ 63Bq/kg
群馬県・流通品シイタケ茶 Ge10Bq/kg未満

参照:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000121954.html