2016/04/21

座談会 報道のあり方、4委員が議論(その1) 東日本大震災5年


2016年4月21日 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160421/ddm/010/040/161000c

東日本大震災から5年がたちました。まちづくりや産業再生は道半ばで、被災者の生活再建も順調とは言えません。その一方で、原発再稼働への流れは着々と進んでいます。毎日新聞ではこうした復興への課題を多角的に報道しました。1月に長野県軽井沢町で起きたスキーバス事故では、亡くなった大学生の顔写真を出所を明示せずにフェイスブックなどから引用したことがネット上で議論を呼びました。毎日新聞の報道はどうあるべきか。「開かれた新聞委員会」は4人の委員に話し合ってもらいました。【司会は尾崎敦「開かれた新聞委員会」事務局長、写真は内藤絵美】=委員会は4月8日開催。紙面は東京本社最終版を基にしました。

開かれた新聞委員会座談会で発言する
(左から)吉永みち子委員、池上彰委員、荻上チキ委員、鈴木秀美委員
=東京都千代田区で

◆東日本大震災5年
被災の全体像を 「甲状腺がん」科学者の見解調査も/原発、仮設住宅…論点集に

磯崎由美地方部長 東日本大震災5年で何を報道すべきか、昨年秋から編集局で議論を重ねました。その結果、5年間の復興政策の検証が重要だと考え、2月1日から、遅々として進まないまちづくりの現状や、産業再生、福島の実態を取り上げていきました。行政批判だけに終わらせることなく、今後の復興で取り入れるべき教訓や、他の災害復興へのヒントを探すという意志で取り組みました。

3月7日朝刊では、福島で甲状腺がんやその疑いがあると診断された子供が増えていて、それが原発事故による被ばくの影響なのか、積極的に検査をしたことによる「過剰診断」の結果なのか見解が分かれていることを伝えました。両者の意見と互いの意見に対する反論を丁寧に紹介したつもりです。


小松浩論説委員長 社説は「大震災から5年」という共通タイトルをつけ、3月11日をはさんで合計10本掲載しました。原発に関して毎日新聞は、地震国日本は原発とは共存できない、安全神話から脱却して原発に依存しない社会を目指そうと訴えてきました。そうした観点から、3月7日朝刊で、「日本はあの原発事故から本質的なことは何も学ばなかったと言いたくなるが、あきらめず一つずつ解決していくことが大事だ」と主張しました。3月11日朝刊では原子力事故の被害を真っ正面から見据えた年次の「福島白書」の作成を提言しました。

吉永みち子委員=内藤絵美撮影
吉永みち子委員 準備に長い時間をかけ、きめ細かい報道がなされていたと思う。そのため個々の事象はよく分かったが、被災地が全体としてどうなっているかが見えにくかった。福島は別として、被災地に共通する問題があるはずだ。例えば多くの住民がいらないと言う巨大防潮堤の工事が、なぜ着々と進むのか。大災害が起きると、たいてい地元の産業は消えていき、復興という名で大資本が入ってくるといわれている。それが本当に復興に資するのか。そうした実態が見えてこないことも気になった。

福島の問題でいえば、子供の甲状腺がんもそうだが、厳しい実態を報道すると、「風評被害」という言葉が出てくる。風評被害という名のもとで、本当の実害が隠されてしまうことがないのか。避難先からの帰還も甲状腺がんも、それについての見解を両論併記にしてしまうと、当事者はどう受け止めればいいのか分からない、という問題がある。

もう一つ、報道がおおむね、被災地、被災者のことを被災地以外の人々に知らせるという形で成り立っていたと思う。被災者はそれをどう読み、どう感じただろうか。5年前、日本人は瞬間的にはこれまでの成長至上主義のあり方を問い直し、絆という言葉が広がった。しかし今、我々は本当につながっているだろうか。5年で被災地の外側にいる私たちはすっかり変わってしまった。だから原発からも目をそらし、仕方ないと無関心を装う。一生懸命やっている人たちもいるが、多くの日本人は、後ろめたさを感じながらも、震災のことを忘れたがっているように見える。こうした状況を伝える視点、工夫もほしかった。

池上彰委員 震災5年の節目に何を報道するかが問われる中、充実した企画が次々に出ていたと思う。

とりわけ2月1日朝刊で、高台の造成地に集団移転で引っ越したものの、いきなり限界集落(65歳以上の高齢化率50%以上)だったという記事は読ませた。限界集落ということは、そのままにしておくと、早晩、住民が誰もいなくなる可能性がある。そうしたことが予想される事業に莫大(ばくだい)なお金を使ってよいのかという論点がある一方で、そこに住む人々の思いもある。非常に重要な問題を提起したのではないか。人口減少社会において、まちづくりをどうしていくかは、被災地に限らない普遍的な問題だ。今後も継続して追ってほしい。

ほかに読み応えがあったのは甲状腺がんの記事だ。がんが増えているのは被ばくの影響か、過剰診断なのか。記者が迷いながら書いているというのが伝わってきた。ただ、被災地の子供の母親にしてみれば、じゃあどうすればいいのか、という思いだろう。比較のために他の地域でも診断をしてみるという手もあるが、過剰診断になるかもしれない。実に難しい問題だ。これも継続的な取材を期待する。

社説の「日本は何を学んだのか」という問題意識はその通りだと思ったし、福島白書の作成をという具体的な提言もよかった。

 長尾真輔・医療福祉部長 甲状腺がん問題は、当初は、取材グループの記者の認識に温度差がありましたが、取材を尽くしてみると、被ばくの影響と過剰診断の両方の可能性が考えられるというところでほぼ一致しました。新聞は両論併記をやりすぎるという批判も受けますが、この問題については、まだ結論を下せないと判断し、両論併記の紙面にしました。
荻上チキ委員=内藤絵美撮影
荻上チキ委員 甲状腺がん報道については、ネットサイトで毎日新聞の両論併記を批判したジャーナリストの記事が話題になった。新聞はどちらの意見も紹介するという安全圏に身を置き、判断は読者に委ねるという手法はいかがなものか、という手厳しい批判だった。他紙が安保法制の時に憲法学者にアンケートをとったように、科学者に甲状腺がんについての見解をアンケートするなど一歩踏み込んだ整理をしてほしかった。

震災報道全体について言えば、個別の取材は丹念に行う一方で、全体像を分かりやすく伝えきれていないと感じた。全体を説明するためには、情報やデータを視覚的に表現する「インフォグラフィックス」を使うのが、今は一番良い手法だとは思う。3月11日の別刷り8ページ特集がまさにそうした取り組みだった。ただ、インフォグラフィックスだけでは不十分で、大震災や原発事故、仮設住宅などに関してどんな論点があるのか、論点集を知りたい人もいる。過去記事も含め、目次のようなもので震災の全体像を知りたいというニーズもある。節目の報道ではこうした取り組みもあってよかったのではないか。

また、8ページ特集で宮城県南三陸町など数カ所の震災直後の写真と5年後の写真を並べて比較していたが、紙面で紹介できる写真の数は限られる。写真が豊富にあるなら、ニュースサイトで写真を閲覧できる特設サイトを設けてもよかった。

震災ボランティアが減少しているというデータに基づいた報道もあった。現地ではいまだにボランティアへのニーズはあるし、被災地の外にはボランティア活動をしたいという人もいる。ボランティアニーズの変化を時系列で追うような記事があれば、ボランティア活動の促進にもつながると思う。

鈴木秀美委員 被災地の自治体や観光業者が、旅行客に被災体験や教訓を伝える「復興ツーリズム」に力を入れているという3月12日朝刊の記事を興味深く読んだ。私は学生に被災地を見せておきたいと思い、昨年、学生とともに福島のメディアを訪問した。被災地訪問などの取り組みに、今後、新聞社が関わることも重要ではないか。

震災報道は多角的で、意欲的な記事が多く、それぞれ読み応えがあったが、荻上さんが指摘されたように「全体が見えにくい」という印象は否めなかった。インターネット上に論点一覧があれば、ワンクリックで気になる記事に飛んでいける。紙面でも、過去記事も含めた関連記事一覧表のようなものをどこかに載せてもよかったと思う。

3月11日朝刊オピニオン面で、立命館大学の塩崎賢明教授が「日本は戦争のリスクより災害のそれのほうがはるかに高い。防災・復興省といった常設組織の創設が急務」という指摘をしていた。

安倍政権の数ある政策課題のなかで、復興や原発事故がいま、どのくらいの重きを置いて取り組まれているのかという視点もほしかった。原発との関連では、3月8日朝刊からの4回シリーズ「検証エネルギー政策」を読み、脱原発を進めるための課題がいかに多いかをあらためて認識した。

3月11日社説の「福島白書の作成を」という提案はまさにその通りだ。白書ができるかどうか分からないが、毎日新聞は白書にかわるものを作っていくという心構えで報道を続けてほしい。

座談会出席者
池上彰委員 ジャーナリスト・東京工業大特命教授
荻上チキ委員 評論家・ウェブサイト「シノドス」編集長
鈴木秀美委員 慶応大メディア・コミュニケーション研究所教授
吉永みち子委員 ノンフィクション作家
毎日新聞社側の主な出席者
伊藤芳明・主筆▽丸山昌宏・編集編成担当▽小泉敬太・東京本社編集編成局長▽小松浩・論説委員長▽磯崎由美・地方部長▽長尾真輔・医療福祉部長(前科学環境部長)▽大坪信剛・社会部長▽照山哲史・デジタル報道センター長▽松下英志・特別報道グループ編集委員

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